多価不飽和脂肪酸合成酵素が炭素鎖の長さを決めるしくみ

多価不飽和脂肪酸の合成酵素に関して、合成される脂肪酸の炭素鎖の長さがどのように調節されているかについての、北大工学部と福井県立大、そして協和発酵のグループによる研究です。

Hayashi, Shohei, Mai Naka, Kenshin Ikeuchi, Makoto Ohtsuka, Kota Kobayashi, Yasuharu Satoh, Yasushi Ogasawara, et al.

“Control Mechanism for Carbon-Chain Length in Polyunsaturated Fatty-Acid Synthases.”

Angewandte Chemie International Edition 58, no. 20 (2019): 6605–10. https://doi.org/10.1002/anie.201900771.

バクテリアの多価不飽和脂肪酸(PUFA)合成酵素は複数のポリペプチドから成る複合体で、それぞれのポリペプチドをコードする遺伝子はゲノム上のひとつところにかたまって存在 している。EPA(炭素鎖の長さは20)合成酵素遺伝子もDHA(炭素鎖の長さは22)合成酵素遺伝子もA, B, C, Dの4つの遺伝子で構成されていて、それぞれの遺伝子にはその配列から予想される機能領域(ドメイン)がならんでいる。両者の酵素遺伝子のドメイン構造はとてもよく似ているため、EPAを作るかDHAを作るかをどのドメインが決めているかはわかっていない。そこで、著者らのグループは、遺伝子を取り替えたり、継ぎ接ぎしたりして、遺伝子のどの部分がPUFAの長さを決めているか調べた。

まず、遺伝子のうち、どの遺伝子が長さに関わっているか調べるために、EPA合成遺伝子とDHA合成遺伝子を取り替える実験を行なった。EPA合成遺伝子のC遺伝子とDHA合成遺伝子のA, B, D遺伝子を組み合わせるとDHAではなく、EPAが合成された。逆に、DHA合成遺伝子のC遺伝子とEPA合成遺伝子のA, B, D遺伝子を組み合わせるとEPAではなく、DHAが合成された。この結果は、C遺伝子が産物の長さを決めている、ということを示している。

次に、C遺伝子にあるどのドメインが決めているのかを調べるために、C遺伝子を前半と後半に分け、異なるものどうしを組み合わせてみたところ、遺伝子の前半部分(KSC ドメイン)によって決まっていることがわかった。

さらに、このドメインがどのような反応を触媒するかを様々な反応基質との組み合わせで調べてみると、DHA合成酵素の KSC ドメインが炭素鎖20から炭素鎖22への伸長反応を触媒することがわかった。したがって、KSCドメインが産物の炭素鎖の長さを決めていると考えられる。

著者らは、この知見に基づき、真核生物である微細藻類、 Aurantiochytrium sp. OH4 由来のDHA合成酵素遺伝子のKSCドメインに突然変異を導入し、DHAに加えEPAも合成する遺伝子を得ることにも成功している。

現在、微細藻類の大量培養によってDHAの商業生産が可能になっている。一方、EPAを産生する微生物はいくつか知られてはいるが、いずれも大量培養に適しているとはいえない。しかしながら、この研究にように、PUFA合成酵素の触媒反応機序を明らかにしていけば、DHA産生微細藻類からEPA産生株を作り出すことも可能となるだろう。

Pythiumのゲノム解析

BMC Biotechnology誌に掲載された、 Pythium irregulare のゲノム解析についての論文を紹介する。

Fernandes, Bruna S., Oscar Dias, Gisela Costa, Antonio A. Kaupert Neto, Tiago F. C. Resende, Juliana V. C. Oliveira, Diego M. Riaño-Pachón, Marcelo Zaiat, José G. C. Pradella, and Isabel Rocha.

“Genome-Wide Sequencing and Metabolic Annotation of Pythium Irregulare CBS 494.86: Understanding Eicosapentaenoic Acid Production.”

BMC Biotechnology 19, no. 1 (June 28, 2019): 41. https://doi.org/10.1186/s12896-019-0529-3.

Pythium とはカビのように菌糸を伸ばして成長する原生生物で、様々な植物の感染し、腐らせてしまうことから、和名ではフハイカビと呼ばれる。そのため、 Pythium の研究はその防除に関するものが多い。

Pythium が注目されるもうひとつの理由は、エイコサペンタエン酸(EPA)やアラキドン酸(ARA)などの長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)を産生することが知られているからである。ドコサヘキサエン酸(DHA)とともに、LC-PUFAは様々な生理活性を持ち、ヒトの健康にとって重要な脂肪酸である。魚などの魚貝類に豊富に含まれているが、漁業資源の減少と価格高騰などにより、魚に替るLC-PUFA供給源の確保が求められている。それ故、私たちの研究グループはLC-PUFAを産生する微生物によるLC-PUFA大量生産を目指して研究を行なっている。

生産コストの課題はあるにせよ、DHAを産生する微生物は既に商業生産に利用されているが、一方、EPAを産生する微生物はいくつか知られているものの、大量培養までに至ったものはない。ただ、その中でも Pythium はEPA生産の有力な微生物としてかなりの研究例がある。

2013年にAdhikariらが Pythium 6種のゲノム配列を報告し、 Pythium の系統関係が明かになったが、 Pythium 類におけるEPA合成に関わる遺伝子群や合成経路そのものについてはよくわからないままだった。そこで、ここで紹介する論文の筆者たちは、 Pythium irregulare という、 Pythium 研究では最も研究例の多い種を用い、詳細なゲノム解析を行い、EPA合成遺伝子とEPA合成経路について明らかにした。

脂肪酸の合成に働く酵素群が確認され、特に、ARAをEPAに変換する酵素 Δ-17 desaturase の遺伝子も認められた。これらの知見は、 Pythium における脂肪酸合成についてこれまでに報告された研究結果と一致している。さらに、アミノ酸合成や糖の代謝、窒素の代謝に関わる酵素遺伝子が確認され、代謝経路の全体像をかなりはっきりと描くことができたといえる。

今回の研究結果は、 Pythium によるEPA生産を考えるときに重要となる、大量培養するときの培地の選択や最適な培養条件の設定において、欠くことのできない基礎的な知見となるだろう。