BMC Biotechnology誌に掲載された、 Pythium irregulare のゲノム解析についての論文を紹介する。
Fernandes, Bruna S., Oscar Dias, Gisela Costa, Antonio A. Kaupert Neto, Tiago F. C. Resende, Juliana V. C. Oliveira, Diego M. Riaño-Pachón, Marcelo Zaiat, José G. C. Pradella, and Isabel Rocha.
“Genome-Wide Sequencing and Metabolic Annotation of Pythium Irregulare CBS 494.86: Understanding Eicosapentaenoic Acid Production.”
BMC Biotechnology 19, no. 1 (June 28, 2019): 41. https://doi.org/10.1186/s12896-019-0529-3.
Pythium とはカビのように菌糸を伸ばして成長する原生生物で、様々な植物の感染し、腐らせてしまうことから、和名ではフハイカビと呼ばれる。そのため、 Pythium の研究はその防除に関するものが多い。
Pythium が注目されるもうひとつの理由は、エイコサペンタエン酸(EPA)やアラキドン酸(ARA)などの長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)を産生することが知られているからである。ドコサヘキサエン酸(DHA)とともに、LC-PUFAは様々な生理活性を持ち、ヒトの健康にとって重要な脂肪酸である。魚などの魚貝類に豊富に含まれているが、漁業資源の減少と価格高騰などにより、魚に替るLC-PUFA供給源の確保が求められている。それ故、私たちの研究グループはLC-PUFAを産生する微生物によるLC-PUFA大量生産を目指して研究を行なっている。
生産コストの課題はあるにせよ、DHAを産生する微生物は既に商業生産に利用されているが、一方、EPAを産生する微生物はいくつか知られているものの、大量培養までに至ったものはない。ただ、その中でも Pythium はEPA生産の有力な微生物としてかなりの研究例がある。
2013年にAdhikariらが Pythium 6種のゲノム配列を報告し、 Pythium の系統関係が明かになったが、 Pythium 類におけるEPA合成に関わる遺伝子群や合成経路そのものについてはよくわからないままだった。そこで、ここで紹介する論文の筆者たちは、 Pythium irregulare という、 Pythium 研究では最も研究例の多い種を用い、詳細なゲノム解析を行い、EPA合成遺伝子とEPA合成経路について明らかにした。
脂肪酸の合成に働く酵素群が確認され、特に、ARAをEPAに変換する酵素 Δ-17 desaturase の遺伝子も認められた。これらの知見は、 Pythium における脂肪酸合成についてこれまでに報告された研究結果と一致している。さらに、アミノ酸合成や糖の代謝、窒素の代謝に関わる酵素遺伝子が確認され、代謝経路の全体像をかなりはっきりと描くことができたといえる。
今回の研究結果は、 Pythium によるEPA生産を考えるときに重要となる、大量培養するときの培地の選択や最適な培養条件の設定において、欠くことのできない基礎的な知見となるだろう。