1 研究の目的

私たちのグループは、長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)の適応的な細胞機能とその分子機構の解明を目指しています。そのために、LC-PUFA関連遺伝子をモデル生物で発現させることによって、LC-PUFAの細胞に与える影響を調べています。さらに、LC-PUFAは人や動物の栄養素として重要な働きをもつ物質であり、その生産の効率化を図るための実用的な研究も行っています。

2 脂肪酸について

細胞を構成する主要な成分には糖質やタンパク質、核酸などがありますが、もうひとつが脂質(Lipid)です。脂質は、細胞膜を形成したり、エネルギー源になったり、また、ホルモンなどの様々な生理活性物質としても使われています。脂質を構成する主な分子が脂肪酸です。 脂肪酸はカルボン酸の一種で、炭化水素の鎖にカルボキシ基がついた構造をしているものです(図1)。身近なカルボン酸の例としては、酢酸が炭素数2のカルボン酸です。脂肪酸は炭素の数によって大まかに分けられます。例えば、炭素数が4〜6までのものを短鎖脂肪酸、7〜10のものを中鎖脂肪酸、12以上を長鎖脂肪酸と呼びます。 脂肪酸の分子内の炭素どうしの結合には、単結合と二重結合があります。単結合のみの脂肪酸は飽和脂肪酸と呼ばれ、二重結合を持つものは不飽和脂肪酸と呼ばれます。飽和脂肪酸であるステアリン酸の分子模型を図2に示します。

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図1: 脂肪酸の化学構造。Rは炭化水素鎖を表わす。

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図2: 飽和脂肪酸であるステアリン酸の分子模型。

酸素原子は赤、水素原子は白、炭素原子は灰色で示します。%ボタンは原子の表示をvan der Waals半径に対する割合で指定します。この分子模型の画像はマウスを使って動かすことができます(簡単な操作方法)。

3 LC-PUFA

動物性脂肪や植物油に多く含まれているオレイン酸は炭素数18で二重結合を1つ持つ長鎖不飽和脂肪酸です。また、植物油に含まれるリノール酸は炭素数は同じく18ですが、二重結合を2つ持っています。

不飽和脂肪酸の末端(カルボキシ基側とは反対側)の炭化水素をω と呼びます。ω からかぞえて何番目の炭化水素に二重結合があるかで不飽和脂肪酸は分類できます。例えば、先ほどのオレイン酸やリノール酸は9番目の炭化水素に二重結合があるので、ω-9の不飽和脂肪酸です。

特定の脂肪酸を指し示す名前にはいく通りかあります。化学物質としての正式な名称はIUPAC生化学命名法に基づいたものです。例えば、オレイン酸は慣用名ですが、IUPAC名は(9Z)-Octadec-9-enoic acidです。その他、cis-Δ9-Octadecenoic acidや18:1 cis-9と表記する場合もあります。また、ω を使って、18:1 ω-9とも書きます。基本的には炭素の数や二重結合の数と位置で識別します。

長鎖不飽和脂肪酸の中でも二重結合を4つ以上持つものを長鎖多価不飽和脂肪酸(Long-chain polyunsaturated fatty acid)、略してLC-PUFAと呼びます。特に、ドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(ARA)は生物にとって重要なLC-PUFAです。

3.1 ARA

IUPAC名は(5Z,8Z,11Z,14Z)-5,8,11,14-Eicosatetraenoic acidです。慣用名はarachidonic acidで、ARAもしくはAAと略されます。ARAは、炭素数が20で、二重結合が4つのω-6の脂肪酸です。

3.2 EPA

IUPAC名は(5Z,8Z,11Z,14Z,17Z)-5,8,11,14,17-icosapentaenoic acidです。慣用名はeicosapentaenoic acidで、略してEPAと呼ばれます。EPAは、炭素数が20で、二重結合が5つのω-3の脂肪酸です。EPAの化学構造式を図3に、分子模型を図4に示します。

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図3: EPAの化学構造

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図4: EPAの分子模型

3.3 DHA

IUPAC名は(4Z,7Z,10Z,13Z,16Z,19Z)-docosa-4,7,10,13,16,19-hexaenoic acidです。慣用名はdocosahexaenoic acidで、略してDHAと呼ばれます。DHAは、炭素数が22で、二重結合が6つのω-3の脂肪酸です。DHAの化学構造式を図5に、分子模型を図6示します。

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図5: DHAの化学構造式

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図6: ヘリックス構造のDHA分子

6個ある二重結合のそれぞれが形成する面が約90度ずつ、ずれている。分子を回転させると、分子の軸がちょうど画面と垂直になるとき、二重結合の面が十字にクロスして見える。

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図7: L字鋼構造のDHA分子

6個ある二重結合のうち奇数番目と偶数番目の面がそれぞれ約90度ずつ、ずれている。分子を回転させると、分子の軸がちょうど画面と垂直になるとき、二重結合の面がL字形に見える。

4 脂肪酸分子の形

飽和脂肪酸の炭素どうしを結ぶ結合は単結合であり、回転させることができます。しかしながら、回転角度によって安定性に違いがあるため、一番安定な回転角度を持つ分子の割合が一番多くを占めることになります。飽和脂肪酸の分子としての一番安定な形は、図2のような、途中で折れ曲ったりしない真っ直ぐ伸びた形です。

一方、炭素間で二重結合を形成している部分はアルケンといいますが、この二重結合は回転できません。従って、LC-PUFAでは、アルケンに挟まれた炭素の部分しか回転できません。その結果、LC-PUFAが一番安定な形は、図8のようなヘアピン構造です。また、L字鋼のような形(図7)や、らせんを巻いた(ヘリックス)のような形(図6)も比較的安定で、LC-PUFAの液体は、主にこれらの形をした分子によって構成されています。そのおかげで、LC-PUFAの融点は、飽和脂肪酸に比べ、かなり低い温度となっています。例えば、ステアリン酸の融点は約70 °Cであるのに対して、DHAの融点は-44 °Cです。 LC-PUFAのこのような物理的特徴によって、LC-PUFAの持つ様々な生理機能が生み出されていると考えられます。

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図8: ヘアピン構造をしたDHA分子

5 生体における脂肪酸の役割

LC-PUFAの機能を説明する前に、LC-PUFAを含めた脂肪酸の役割について述べましょう。 脂肪酸の役割は大きくわけて以下の4つです。

  1. 細胞膜を形づくっている脂質の構成成分である。
  2. エネルギー貯蔵物質であるトリアシルグリセロールの構成成分である。
  3. 膜タンパク質に結合し疎水性を付与する。
  4. ホルモンの前駆体となる。

6 細胞膜の脂質

細胞膜の主な成分は、脂質とタンパク質です。脂質は主に以下の3種類に分けられます。

  1. リン脂質
  2. 糖脂質
  3. コレステロール

6.1 リン脂質

リン脂質は4つの部品からできています。

  1. グリセロール
  2. リン酸
  3. アルコール
  4. 脂肪酸

リン脂質の骨組みとなるのがグリセロールです。

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図9: glycerolの分子模型

3つある赤色の原子は酸素原子で、このうちの2つに、足のように脂肪酸が結合し、残りのひとつにリン酸が結合します。このリン酸にはさらにアルコールがつながります。そうしてできあがるのがリン脂質です。

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図10: リン脂質の分子模型

リン脂質の構造の特徴は、両親媒性分子であることです。脂肪酸の炭化水素の鎖の部分は水になじまない(溶けない)性質、疎水性を示します(分子模型で疎水性部分を選択)。一方、脂肪酸以外の部分は水になじむ(溶ける)性質、親水性を示します(親水性部分を選択)。つまり、リン脂質は疎水性の部分と親水性の部分、両方を持っています。このような構造の分子を両親媒性分子と呼びます。両親媒性分子の身近な例としては石鹸や洗剤などの界面活性剤があげられます。

7 脂質二重膜

両親媒性であるリン脂質は、水溶液中で容易に脂質二重膜を形成します。リン脂質の親水性の部分が外側に向いて水と接し、疎水性である脂肪酸の部分どうしが互いに向き合うように配置します。細胞膜はこの脂質二重膜が基本構造となっています。リン脂質がどのようにして脂質二重膜である細胞膜を形成しているのかみてみましょう。

7.1 分子シミュレーション

この動画は、リン脂質二重膜の状態をシミュレーションした様子です。リン脂質を構成する脂肪酸は飽和脂肪酸であるパルミチン酸(16:0)と不飽和脂肪酸であるオレイン酸(18:1)です。このリン脂質をPOPCと略記します。上下の二重膜それぞれに36分子のPOPCを配置し、さらにその上下に水分子の層を配置します。分子の配置は CHARMM-GUI Membrane Builder を使いました。分子動力学計算プログラムパッケージ Amber を用い、 北海道大学情報基盤センター のクラウドシステム上でシミュレーションしました。シミュレーションのパラメーターは以下のとおりです。

温度
30°C
時間間隔(1ステップ)
0.002ピコ秒
総計算ステップ数
500,000ステップ
総時間
1,000ピコ秒 = 1ナノ秒 (1/1,000,000秒、100万分の1秒)
サンプリング
毎1,000ステップ、合計500フレーム

100万分の1秒という極々短かい間の分子の運動を約15秒に引き伸ばして表示しています。ほんの短かい間ですが、リン脂質は二重膜構造を保ち、両側の水分子は膜の中へ入ることはありません。また、脂肪酸の足も柔軟に曲り、あたかも、両側からの圧力を受け止め、支えているかのようです。

7.2 細胞膜の役割

細胞は細胞膜によって外界と隔てられています。細胞は、自らを細胞膜によって囲うことによって、外界からの影響を受けることなく、様々な反応を細胞の中で行なうことができます。しかし、細胞は栄養を取り入れたり、不要なものを排出したりしなければならないので、細胞膜は単なる壁ではなく、必要なものの出入りができるような構造をしています。 また、細胞膜は細胞の外との接点であり、外界の状況を感知するためのセンサーや細胞自身の素性を周囲に知らせる目印などが細胞膜には存在しています。つまり、細胞膜は物質の通過を制御するだけでなく情報の発信、受信を担う場でもあります。このような役割は主にタンパク質によって果されています。その他に、糖鎖やコレステロールなどのリン脂質以外の脂質などがリン脂質二重膜の中や表面に存在します。その様子を模式的に示したのが図11です。

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図11: 細胞膜の模式図(https://en.wikipedia.org/wiki/Cell_membrane)

このように細胞膜のリン脂質は、細胞膜中の種々のタンパク質が機能するための足場や土台としての役割を担っています。

8 エネルギー貯蔵

長い炭素鎖をもつため、エネルギー源としても使われる脂肪酸はトリアシルグリセロールという分子の形で細胞内に蓄えられます。リン脂質のグリセロール骨格のリン酸が結合していたところに、もう1分子の脂肪酸が結合し、合計3分子の脂肪酸が結合したものがトリアシルグリセロールです。

8.1 TODO トリアシルグリセロールの分子模型

9 二次代謝産物

10 LC-PUFAの役割

10.1 細胞膜の流動性

LC-PUFAを持つリン脂質が細胞膜にあると、膜の流動性が上昇します。膜の流動性が高いということは、より低い温度でも流動性を保てるので、細胞の機能を維持することができることになります。

10.2 抗酸化作用

10.3 抗炎症作用

10.4 量子化学的作用

11 LC-PUFAの生産者

11.1 藻類

11.2 海洋細菌

11.3 原生生物

LC-PUFAのうちDHAとEPAは海洋脂質(marine lipids)と呼ばれるほど、海洋生物には普遍的に存在します。しかし、EPAとDHAの海における一次生産者は一部の細菌、植物性のプランクトン、海藻であり、海の動物はこれらの一次生産者を餌として得ることによってLC-PUFAを持ち、利用していると考えられます。なぜ、ほぼ全ての海産生物がDHAやEPAを持つに至ったのか。そこには生理学的、生態学的理由があるはずです。 海産生物に限らず、LC-PUFAを含む多価不飽和脂肪酸は融点が低いので、その主要な役割は低温下における細胞膜を含む生体膜の流動性を維持することだと考えられていますが、熱帯産の微生物が多量のDHAを蓄積する性質をもつなど、必ずしもPUFA = 低温下の膜流動性と言えない場合もあります。

12 微生物のLC-PUFA合成経路

12.1 Polyketide合成経路

12.2 Δ saturase経路

13 微生物のLC-PUFA合成遺伝子

13.1 pfa遺伝子クラスター

13.2 発現調節

14 LC-PUFA合成酵素Pfa

15 微生物を用いたLC-PUFA生産

16 参考文献