サルミンコーラに関する論文をご紹介

こんにちは、気づいたらD2になっていた長谷川です。4月になり、札幌も暖かく春めいてきました。雪が融けて一気に植物が芽吹くのを見るのは毎年の楽しみです。最近は北大の中を歩いているだけで本当に気持ちが良く、散歩が捗ります。

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2年前に撮影した北大構内のミズバショウ。今年ももう少しで見れるかな。

 

さて、自分でも驚いたことに約2年ぶりのブログ更新です。。。(前回の記事はこちら)少しずつ、少しずつ下書きは書いていましたが、なんやかんやで結局2年間温めてしまいました。。でも本当にそろそろ更新しないと二度と更新しないまま卒業してしまいそうなので、意を決していま更新しています。今年度はたくさん更新できるよう頑張ります(個人HPの方はもう少し更新頻度が高いと思います。)

 

さて、今回は昨年公開されたサルミンコーラに関する2本の論文を紹介しようと思います!

※別刷ご希望の方はご連絡ください。

 

①Hasegawa, R., Ayer, C. G., Umatani, Y., Miura, K., Ukumura, M., Katahira, H., & Koizumi, I. (2021). Potential negative effects and heterogeneous distribution of a parasitic copepod Salmincola edwardsii (Copepoda: Lernaeopodidae) on Southern Asian Dolly Varden Salvelinus curilus in Hokkaido, Japan. Parasitology International 87 102529

②Hasegawa R and Koizumi I (2021) Relative importance of host dependent vs. physical environmental characteristics affecting the distribution of an ectoparasitic copepod infecting to the mouth cavity of stream salmonid. Ecological Research, 36, 1015-1027

 

小泉さんがすでにちょっとだけ紹介してくださっていますが、どちらの内容もかなり受理に至るまで時間がかかりました。が、その分良い内容となったと個人的には思っています。

 

論文①: Hasegawa et al. 2022

この論文では、オショロコマナガクビムシSalmincola edwardsiiの寄生がオショロコマの肥満度を低下させる可能性、そして、オショロコマナガクビムシの寄生率は近い河川間でも大きく異なることを報告しています (後者の結果については論文②の方で詳しく紹介します)。

エラに寄生するSalmincola属の一種

オショロコマのエラに寄生するオショロコマナガクビムシSalmincola edwardsii (馬谷佳幸さん撮影)

 

肥満度は魚の健康度を表す指標で、人間でいうBMIのようなものです。今回の研究では、寄生虫が増えれば増えるほど宿主であるオショロコマの肥満度が下がる、つまり宿主が痩せてしまうことを発見しました。魚病害虫として知られているサルミンコーラですが、驚くことにこれまでの研究では、野外では宿主の健康にはほとんど影響がないとされていました。寄生レベルが野外だと極めて低いことがその原因の一つと考えられています。

肥満度は魚の生存や成長といった生態学的に重要なパラメータとも相関するため、今回の発見は些細ではありますが、寄生レベルが低い野外であっても、本種の寄生が魚の生存や成長にまで影響している可能性を示した大きな一歩と言えます。

本研究は、共著者の一人である馬谷さんが過去に収集したオショロコマの標本を学部生だった私が再計測させてもらったことが始まりでした。当初は全く寄生虫など興味がなかったのですが、エラの中のオショロコマナガクビムシのかわいい形(⇦なかなかみんなには賛同してもらえません)と見つかったクリアなパターンで私はこの寄生虫に引き込まれました。

修士1の秋頃に論文を投稿しましたが、この時はすぐにリジェクト(掲載拒否)されてしまいました。査読者のコメントは「本当にこの種はSalmincola edwardsiiなのか?」というものでした。共著者のChrisが標本の形態を観察してSalmincola edwardsiiであると確認はしていたものの、この時は形態の証拠(スケッチや写真)を出していません。そのため、種同定を疑われてしまったのです。

困った私たちは、麻布大学にいらっしゃる片平博士を頼りました。片平博士は快く私に寄生虫の同定手法を教えてくださることを快諾してくださいました。札幌までわざわざ解剖の仕方を教えにきてくださったり、その後コロナ禍で大変なときにも関わらず、麻布大学の研究室に滞在させてくださりました。また、知床で働かれている共著者である三浦さんと宇久村さんが、新鮮な寄生虫のサンプルを捕獲して、私たちのために届けてくれました。お二人にはその後も原稿の改訂から何から何まで本当にお世話になりました。

最終的に再投稿までに約1年、さらに論文の査読に約1年かかってしまいましたが、確実に最初に投稿した内容より良い論文になったと満足しています。何より共著者の方々の助けがなければ本当に受理まで至らなかったと思います。本当に感謝しかありません。内容はシンプルですが、重みのある論文となりました。

 

論文②: Hasegawa & Koizumi 2021

こちらの論文では、北海道南部の一水系で、イワナの口に寄生するサルミンコーラの河川内分布を調べました。

イワナの口に寄生するサルミンコーラ。見つけると嬉しいです。

 

研究のきっかけは、論文①でみつけた「隣り合った河川間でも大きく寄生率が異なる」という発見です。河川間の何らかの違いが寄生率の違いを生み出しているのだろうと予想していましたが、具体的な要因は絞れていませんでした。

ただ一つ気になっていたのは堰堤の存在です。渓流にはしばしば魚が乗り越えられないような堰堤が建設されています。サルミンコーラは卵から生まれた後、遊泳力が低い浮遊幼生になり、その期間に宿主に寄生します。渓流域の流れが速い環境の中では、浮遊幼生は川の流れに乗って、どんどん下流に流されてしまうことが予想されるので、個体群を維持するのは難しいはずです。ましてや堰堤があれば宿主である魚も上流へ移動できないので、寄生虫は堰堤の上から流され続けた結果、堰堤の上では局所絶滅が起きているかも、と考えました。

川の中に突如現れる堰堤。結構綺麗です。

 

そこで実際に堰堤がたくさん建設されている道南の一河川約20地点で調べたところ、堰堤の上下で寄生率が劇的に変わることが明らかになりました。最もクリアな河川では、堰堤のすぐ下の区画では寄生率が50%近いのに対し、堰堤のすぐ上の区画では寄生率が0%という河川もありました。つまり堰堤の上の多くの集団でサルミンコーラは局所絶滅していることが示唆されました。

一方、堰堤がない河川ではかなり上流までサルミンコーラが寄生していることも明らかになりました。つまり浮遊幼生は流されているはずなのに、何らかの要因でサルミンコーラの個体群は流れの速い上流で維持されているのです。秋に同じ河川で調査することで、私たちはわずかな手がかりを得ました。宿主のイワナには一生を河川で過ごす残留型と海へ降って大きく成長する回遊型の生活史二型があります。秋に海から産卵のために遡上した回遊型を捕獲して調べたところ、回遊型には高頻度に、しかもより多くの個体数のナガクビムシが寄生していました。もしかすると、浮遊幼生が流された分、回遊型が下流から上流へとサルミンコーラを運んでいるのかもしれません。回遊型は体も大きく、その分口の中の面積・容積も大きいので、たくさんの寄生を受け入れられるのだと考えています。

少しわかりづらいですが、たくさんのサルミンコーラが寄生した回遊型のイワナ。ほとんどの残留型には1-2匹しか寄生していないのに、この回遊型には6個体ほどが寄生

 

論文が公開されてから、有難いことに海外の研究者から別釣りの請求をしてもらったり、また匿名ではありますが、論文を査読してくださった研究者(おそらく海外の方)が研究内容を評価してくださったりしました。全く違う国の方と論文を介して発見の面白さを共有できたとき、世界を近く感じます。これこそが研究の醍醐味です。

そして上で紹介した研究を進めていった中で、不思議なこと、わからないこと、明らかにしたいことがまた新たにたくさん生まれました。頑張ってこれらの発見を論文として発表して、早く紹介したいと思います。

 

以上長文でした。

 

長谷川

 

※野外調査は特別な許可を得て実施しています。