ニュージーランド滞在を終えて

あけましておめでとうございます!(今更) 博士2年の長谷川です。

さて、1月中旬にニュージーランド、オタゴ大学の約3ヶ月の滞在から無事に戻ってまいりました。南半球は夏だったので、突然真冬に逆戻りして、身体がおかしくなりそうでした。そしてみんなから焼けて黒くなったと笑われました(自分では気づかなかった)

結論から言うと本当に刺激的で公私共に充実した時間を過ごせました。出会った人みんながみんな親切でやさしく、離れるのが寂しかったぐらい、思い出に残る滞在でした。

滞在先について

私が滞在させてもらっていたのは、オタゴ大学のDepartment of ZoologyのEvolutionary and Ecological Parasitology Lab. です。

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オタゴ大学の象徴?歴史ある時計台

このラボのトップ, Robert Pouin 博士は、世界の寄生虫研究者で知らない人はいないと言っても良いほど、著名な研究者です。何がすごいかと言うと、まず、分類学・医学・獣医学で中心だった寄生虫学を生態学や進化学に登場させ、その体系をまとめあげた一人です。進化学・生態学のルールが、寄生虫にどの程度当てはまり、当てはまらないのか、非常に多くの視点から研究を続けています。寄生虫の生態や進化に関するたくさんの新しいコンセプトも提唱しています。

そしてさらにものすごいのは、脅威の出版ペースです。年間30本以上の論文を出版し、しかもその多くは一流誌に掲載されています。実際にDepartment of Zoologyの他の研究者の方々も「彼はちょっと飛び抜けすぎている」と笑っていました(とはいえ彼らもかなりの論文を生産しています)。博士の論文は、どれも極めてインパクトがあり、例えば、最近日本語でも翻訳されたEvolutionary Ecology of Parasites (日本語版: 寄生虫進化生態学)は2432回も引用されています(google scholar 2023/2/3)。

私が寄生虫の研究を本格的に始めた修士のとき(もう4年も前!)、どの生態・進化の分野の論文を読んでも博士の論文や教科書が出てきて、一体何者なんだ?と思っていました。学部の頃から海外で研究とかかっこいいし、楽しそうだな、とぼんやり思っていましたが、自分が行くというビジョンは全く思い描けませんでした。しかしそんな中、小泉さんが「行ってみたら?」と(とても簡単そうに)提案してくれました。その後も、生態学会でいろんな方に「若いうちに絶対に一度海外での滞在を経験した方が良い」と背中を推してもらい、滞在を決心しました。思い切って博士にメールしてみたところ、すぐにもちろん大歓迎だと言う素晴らしい返事をもらい、とんとん拍子で滞在が決まりました (ちなみに渡航費などもろもろの経費は、学振DCの研究費を利用させてもらいました。JSPSさん、いつもいつも本当にありがとうございます)

博士本人に空港で会った時はとても緊張しましたが、本当にフレンドリーな方で、Salmincolaの話で盛り上がることができました (博士はSalmincolaの研究もやってました)。忙しいにもかかわらず、滞在中は何度も研究に関する議論をさせてもらいました。議論していて驚いたのは、博士の知識の広さと深さ、そして記憶力の良さです。話しているとすぐにどの論文にこんなことが載っているとすぐさま紹介してくれます。また、寄生虫の分類群や生態学のテーマにかかわらず、なんでも知っているなという印象でした。奥さん曰く、ものすごい読書量だそうです。研究以外にも教育方針や論文書きで意識していることなど、たくさんのことを学びました。渡航してから具体的に議論して新しい研究を始めたので、頑張って良い論文にしようと思います。きっとこの先の論文書きでもたくさんのことを学べると思います。

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アオラキ・マウントクック国立公園。氷河を間近で初めて見て感動しました。

生産性の高さの秘密と日本の研究環境との違い

さて、滞在の主な目的は共同研究を始めたり、今後の研究やこれまでの研究について議論することでしたが、もう一つの主な目的は、「博士や研究室の学生(そしてDepartment構成員全体)は、どうしてそんな脅威的なスピードで論文を出版できるのか」その秘密を探ることでした。以下に私が気づいたことを記してみようと思います。

  • 短期集中型の研究スタイル

Poulin博士と同様に、研究室の所属学生はみんな当たり前のように年間数本出版します(しかも一流誌)。学位を取るまでに共著含め20数本の論文を持っている学生もいたりして、腰が抜けました。しかし労働時間は長くなく、むしろ短いのが驚きです。これは海外に滞在経験のあるどの研究者からもよく聞く話です。例えば、滞在中はポスドクの方の持ち家(こちらではflatと呼ぶ)の一部屋を貸してもらい、3人の博士学生とシェアハウスをしましたが、平日の夜や土日に研究している学生などいませんでした。平日は8時半ごろには始業し、17時には研究室を出て、Flatやバーで優雅に夕食を楽しんでいました。教員の多くも16時ごろから家に帰り始めます。もちろん土日は仕事はしません。

どうしてこんな短い時間にあんなにたくさんの論文を書けるのか。まず気づいたのは、短い労働時間内の集中力がとんでもなく高いように見えたことです。終了時間や締め切りもきちんと決めていて、その中でなんとしても終わらせるというスタイルで学生たちは研究していました。こちらの大半の学生は日本の学生とは違いフェローシップ(給料)をもらっているので、仕事という意識に近いのかもしれません(実際にみんなworkと呼ぶ)。平日の日中は頑張る代わりに、土日や平日の夜は、しっかり友達と遊ぶというメリハリのあるサイクルが印象的でした。

また所属研究室では、学生たちは壁に当たったらすぐに教員やポスドクに相談している印象でした。実際に私も博士と共同研究について話している際に、「わからないことがあったり、自分だけで判断できないときはすぐに相談してくれ」と何度も言われました。日本だと教員と学生の間には距離があることもあり、こんなに小さい問題を相談して良いものか、と思ってしまう学生も多いような気がします。でも確かにそこで何週間も止まっていては時間の無駄です。自分である程度解決できるかトライすることは重要ですが、ある程度考えて無理そうならすぐに相談するというこのスタイルは、確かに生産性を高める上で重要かもしれないと思うようになりました。

  • 研究室内コラボレーション

共著論文に関しては、研究室内のコラボの多さも生産性の高さにつながっていました。特に最近は、Poulin博士が持つアイデアを研究室のみんなで文献を調査して、論文にするという研究スタイルが多くなっており、時には海辺の別荘を2-3日借りて、みんなでデータを収集し、解析することもあるようです。学生の中には解析が得意な人、図を作るのが上手な人など、得意な分野があります。うまく分担して一つの論文をつくることで一人で取り組むより、より早く出版できるという工夫です。

  • Department全体のコラボと仲の良さ・上手な仕事の分担

またDepartment内のコラボの多さや仲の良さは日本ではみたことがなく新鮮でした。Department of Zoologyは、オタゴ大学の中でも特に教員・事務・学生の仲が良いようで、院生はどの指導教員や事務の方とも顔見知りで、共同指導もそれなりにあるようでした。Departmentには、多様な分野の教員・ポスドクが集まっていますが(生態・保全・系統地理・人類進化)、お互いの強みを活かした学生指導・論文執筆が行われているようでした。

また、事務や実験助手の方々はとてもフレンドリーで、側から見ている印象では、極めて仕事ができるようでした。修士・博士号を持つ方も多く、科学のバックグラウンドを理解している印象です。新しく実験を始める学生には、教員ではなく実験助手の方が徹底的に面倒を見るなど、教員との仕事の分担がとにかく上手いと思いました。詳しくはわかりませんが、こういう分担によって、教員自身の負担はかなり減っているのでは?と感じました。

こうした仲の良さやコラボを産む秘訣の一つは、大きなティールームとイベントの多さだと思います。日本の大学では研究室ごとにお茶部屋のような自由に歓談できるような部屋がよくありますが、こちらの場合、研究室毎ではなく、建物に一つ大きなティールームがあります (下写真参照)。どの立場の人もそこをお昼やコーヒータイムで利用するので、自然と事務の方、学生、教員が交流する場が生まれます。

また、月1で事務の方がスコーンを焼いてくれたり(めちゃくちゃ美味しい)、1-2ヶ月に一度ハッピーアワー(簡単な飲み会、各ラボが持ち回りで準備を担当)があり、学生・教員・事務との交流の場がたくさん設けられていました。自分もこうしたティールームとイベントのおかげで、所属研究室以外の学生たちともたくさん仲良くなれました。

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毎日みんなでお昼を食べていたティールーム。ちなみに牛乳やコーヒーは無料

 

どうして若いうちに海外に滞在した方が良いのか?

とにかく得るものが多い滞在でしたが、滞在中に改めて特に院生・若手研究者が研究で海外滞在するメリットはなんだろうと考えるようになりました。よくよく考えてみると、海外への滞在はみんなが進めますが、なぜ海外に滞在することが良いことなのか教えてくれる人は少ない気がします。滞在中に気づいた海外に滞在するメリットを書いてみました。

  • 日本の研究・研究環境の良いところ・悪いところを知ることができる

先にも述べた通り、短い労働時間での生産性の高さやDepartment内の仲の良さ・分担のうまさはなかなか日本の研究環境では真似できない部分で、取り入れられたらどんなに素晴らしいだろうと思います。こうした環境の良さや博士や学生の研究に対する姿勢・取り組み方をこのタイミングで身近に見れたことは、今後研究者・教育者になる上でとても勉強になりました。

一方、日本の研究や研究環境の素晴らしいところも、海外に行って気づきました。例えば、日本は寄生虫の分類学が古くから発展してきた歴史があり、かつての論文はこちらの研究者のバイブルになっているようでした。NZには寄生虫の分類学者があまりいないので、分類学的基盤が整っていない分類群が多いようです。基盤がなければ、生態学や進化の研究は難しいので、苦労も多いようです。

また調査の制限も海外の方が多いなと感じました。動物福祉の観点から、調査や実験方法がかなり限られていたり、実験に使える個体数がとても少なく制限されてしまう、などの問題も聞きました。福祉の観点では良い傾向かもしれませんが、どうしても個体数が必要になる研究はあるし、これではアイデアはあっても検証は難しい課題が多いでしょう。おそらくこうした背景で、指導教員のシステムを使った研究も多く、学生自身のオリジナリティが活かせていない研究もあるように思いました。むしろ日本の学生の方が、一からシステムを確立して、面白いアイデアを持っているかもしれないと思いました。

  • 自分と自分の研究を知ってもらえる+コネクション(研究でなくても)をつくることができる

基本的によほど良い雑誌に論文を出さない限り、日本で行われた小さな研究に気づくような研究者は残念ながらいないでしょう。こちらにきてセミナーをさせてもらったり、自分の論文を教員の方々や学生に読んでもらったのは、自分のことを知ってもらえたのは大きな収穫だったと思います。また、特に今回ラッキーだったのは、滞在中に自分と同じような訪問研究者が二人おり、うち一人は魚類の寄生虫研究者だったので、議論が弾みました。論文を紹介し合い、今後もやりとりするようなコネクションができました。

研究以外でできた人間関係も一生の財産になりました。滞在研究室やDeaprtmentのみんなは本当に優しく、何度も家の夕飯に招待してもらいました。Flatの学生たちもみな親切で、よくしてもらいました。Flaltでは頻繁にパーティが行われていたので、本当にたくさんの人と友達になれました。研究とは関係ないですが、日本のことを悪くいう人は誰一人おらず、みな日本の文化(特にアニメ・漫画)や車、自然が大好きで、一度は日本にいってみたいと話している人が多かったのも印象的でした。

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Flatのブラジル人学生によるブラジリアンクリスマスの料理

  • 海外の自然と日本の自然を比べられる。共通点や興味を研究者と共有できる。

滞在中は機会があれば海や川に行き、たくさんの生き物を見ました。特に同じDepartmentで仲良くなった学生がどの生き物にも詳しく、たくさんの場所に案内してもらいました。渡航前からずっと見たかった固有種や日本と同じグループの種だけど、どことなく違う形をしていたり、逆にほとんど同じような形や生態を持つ生き物を見て、つかまえることができ、毎回感動していました。またDepartmentの学生に日本の生き物や自然の写真なども見せると、自分ではなんとも思っていなかった写真でも、逆に向こうの学生にとっては珍しかったり、感動することも多いようでした。海外に来ると毎回感じることですが、日本とは全く違う海外の自然や生き物をみると、自分が研究している系の特殊さ、面白い部分も再認識できるような気がします。

ちなみに生き物関連のエピソードで特に思い出深かったのは、Galaxiidaeという科の淡水魚を2種釣ったことです。ニュージーランドなどを中心に南半球で適応放散したグループで、日本の魚で例えるならば、イワナとドジョウの中間のような魚です。渡航前から絶対に1種は釣ろうと意気込んでいました。

上記の学生に頼んで、以前複数種見たという川へ連れて行ってもらい、浸水しながら深夜3時まで川を遡って2種釣ることができました。特に2種目は割と珍しい種で、二人で興奮して時間を忘れて観察しました。とても良い思い出です。

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釣り上げて逃した直後のBanded kōkopu (Galaxias fasciatus)

 

最後に、、

総じて思ったのは、若いうちに一人で海外に行くことは研究者として自立する上で最も効率的な方法なのかもしれない、ということです。日本の生態学では、多くの学生が自分のシステムを持ち、博士学生ぐらいだとほぼ独立・自立している場合も多いように思います。ただ学会などではどうしても、どこの研究室で、指導教員は誰なのかという話になり、自分が何者か説明する必要がない場面があります。一方、海外の研究者は日本の研究者のことをほとんど知らないので、一人の研究者としてこれまでどんな研究をしてきて、これからどんな課題に取り組みたいのか聞かれます。自分の場合は既に数本出版論文があり、やりたいこともある程度決まっていたので伝えられましたが、よく考えると日本ではここまで聴かれる機会はあまりないような気がしますし、普段から興味を明確にしていないと答えられないかもしれません。

また、世界のどこかには、自分と同じ自然現象や生物を面白いと思ってくれる人がいるということを知れたことは、自分にとってとても大きな喜びでした。日本と真反対の南半球にある全く自然環境の違う島には、自分と同じように寄生虫やGalaxiasを見て喜んでくれる人がいて、自分の仮説や書いた論文を楽しんでくれる人がいる。これまでそれなりに苦労も多かった研究ですが、そういう人がいると思うと、取り組んだ甲斐があったし、今後も頑張ろう、いち早く新しい成果を紹介したいと思うようになりました。

またNZに渡航して、どんどん新しい研究ができるように頑張ります。

 

長文・乱文失礼いたしました

 

長谷川