近年、様々な生物が我々の住む都市域に進出し始めています。そうした生物は、行動や生活様式を変化させることで都市の特殊な環境に上手く対応しています。例えば、警戒心の低下は都市化に伴う最も顕著な行動変化の一つです。都市では大型の捕食者がいないこと、生物が人間に慣れているなどの理由から、大胆に行動する個体が多く生息しています。また、季節移動(渡りなど)を行わない個体が現れるなど、行動の季節性の低下も多くの生物で見られる現象の一つとして注目されています。本来、生物は環境や自身の生理状態が季節によって変化するのに合わせて、警戒心を変化させています。しかし、環境の季節変化が小さくなっている都市域では、生物の警戒心の季節変化も小さいことが予想されます。これまでの研究では、ある一時期の警戒心に着目したものが多く、季節性の変化の可能性については見過ごされてきました。
本研究では、都市適応する哺乳類の一種であるエゾリスに着目して、人間に対する警戒心が季節によってどう変化するか、Flight initiation distance (FID)を用いて帯広近郊の都市と郊外で比較しました。FIDは観察者が近づける距離であり、警戒心を評価する簡便かつ信頼性が高い指標として、古くから使われています。
その結果、都市の個体は郊外の個体よりもFIDが短いことが分かりました(都市=6m、郊外=19m; 左下図)。また、郊外の個体は繁殖期である春にFIDが長くなり(警戒心が強い)、採餌に集中する秋にFIDが短くなる季節変化が見られました。一方、我々が予測したように、都市の個体のFIDは四季を通して大きな変化が認められないことが新たに分かりました(右下図)。都市の生息地では、通年餌付けが行われています。餌付けによる安定したエサ資源や人間への強い慣れが、エゾリスの警戒心とその季節変化を緩めているのかもしれません。我々が調査を行った北海道では、都市であっても年間の気温差や積雪など、依然として環境が季節で大きく変化します。こうした環境変化よりも、人為的な要因が本種の警戒心に強く影響していると考えられます。
生物の警戒心は、生存率や適応度にも直結します。近年、警戒心の低下と交通事故死との関係性が危惧されています。都市化の影響を正確に評価するためには、人間活動にともなう警戒心の変化プロセスについて、さらに深く掘り下げていく必要がありそうです。
(内田)