こんにちは、D3の渥美です。
今回も(!)動物も話は露ほども出ません。学術出版についてのお話です。
みなさんはプレプリントってご存知でしょうか。Pre-print、英語っぽく発音するとプリプリ(ントゥ)みたいになりますね、なんかかわいいですね。いえ、そんなことはどうでもいいんです。
プレプリントは学術界の公平性を大きく上げうる、学術界をよりオープンにしうる、画期的な制度だと思っています。
プレプリントとは
研究者が書いた英語論文を、出版社や査読に通さずに、直接Webで無料公開するものです。文章のパクリなどがないか等、最低限の基準をクリアすれば公開されます(~3日程度)。公開された論文は全世界から無料でアクセスできるため、実質、オープンな場で査読がなされるようになります。
従来の論文公開プロセス
研究者が書いた英語論文は、学術雑誌への投稿後に、研究者(基本的に誰かはわからない)からの批評をもらいます。
批評の内容は、「~な理由ではい却下(reject)」「ここ意味不明だから書き直せ(major revision)」「とても良いからこの部分だけ直せばOK (minor revision)」「この内容でOKよ (accept)」。
厳しい批評とそれによる改訂を経て、acceptになった原稿のみが雑誌に載り、雑誌WebsiteでPDFが公開され、世界中の人の目に留まるようになるのです。
この批評、つまり査読プロセスを経ているからこそ、学術論文の信憑性はある程度担保されています*。
*とはいえ、完璧なウソをつかれると、特に生態学のような追試ができない分野ではまず見抜くことができません。
なぜプレプリント?従来のシステムの問題点
査読者や査読コメントの内容は、基本的に外部に公開されません。その閉鎖性が不利益を生む可能性があるのです。
- Acceptまでの間に、査読者等にアイデアを盗まれて先に研究を公開される危険性。
- 世界に公開できるのは受理後で、論文完成から数か月(あるいは1年以上)も先…
プレプリントを使うことで、上の問題が解決できます。
- アップロードされた日が記録されるため、アイデアの優先権を主張する根拠となる
- アップロード後数日で無料公開されるため、世界中の研究者から速やかにフィードバックをもらえるし注目を集められる
これは特に、研究者コミュニティの興味が集中していてスピード勝負となる、生理学分野などではとても重要な利点でしょう。
また、研究機関が高額契約を強要する一部出版社からの呪縛から逃れることにもつながります。現在、論文を読むためには1本数千円ものお金がかかります。研究を進めるうえでは、論文を読むことは必要不可欠。つまり、研究機関が出版社にお金を払って雑誌を読む権利を研究者・学生に与えてくれなければ、研究を進めることはほぼ不可能**。プレプリントは、誰もが研究を知る機会を与えてくれる、大事な役割を持っています。
さらに、新規性が常に求められる学術雑誌と異なり、プレプリントでは、ネガティブな結果や過去の研究の追試の結果を公開しやすくなります。
プレプリントは物理学から始まっており(arXiv:1991年~、アーカイブとよむ)、2013年からは生物学をカバーするbioRxiv(バイオアーカイブとよむ)が設置され、極めて広い分野をカバーするようになってきました。
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今後の更なる社会保障費の増大で、教育研究関連の予算は増えることはまずないでしょう。日本の研究界も他人ごとではないと思うのです。
★sci-hubという抜け道はあります、ただ海賊版です、念のため
★PLOSやBioMedCentralといった、無料で論文を公開する雑誌も登場しましたが、かわりに受理された論文を書いた人が必要経費を支払わねばなりません、なんと15万~
★受理後一定期間経った原稿を研究者自身や大学のサイトで無料公開することが一般的になってきています
さらに!進化生態学専門のEco Evo Rxiv登場
物理学・数学・統計学・生命科学で急速にプレプリントが普及した一方、進化学・生態学での普及はまだあまり進んでいません。そこで作られたのが、EcoEvoRxivです。ニューサウスウェールズ大学でお世話になった中川震一さんも創立メンバーの一人です。
EcoEvoRxivにアップロードされた論文は、ほかのプレプリントサーバーからも検索可能で(つまり既存サーバーとの競合は問題ではない)、論文だけでなく生データやプログラミングコードなどの補足情報もアップロードできます。
EcoEvoRxivで個人的に好きな機能は、総説論文や数理予測の論文もアップロードできることです。
生物学をカバーするbioRxivでは、総説論文を受け入れていません。
アイデアを重視する進化生態学に沿った機能ですね。
研究者のみなさん、どしどし使ってください!
プレプリントの問題点と今後
もちろん、プレプリントはすべてを解決する万能薬ではありません。
長所と短所は同じコインの裏表にあります。
- 問題点① 厳密な査読を経ないまま、公開されること
- 問題点② 運営基金は篤志家頼み
実際、どんな問題でしょうか。現状、今後のことも考えてみようと思います。
- 問題点① 現状、有料雑誌との差は程度問題です。雑誌・査読者によって査読者の厳しさは全然違いますからね…厳しい査読の下で高いImpact factorを保つ雑誌(=お金を払ってでも読む価値のある雑誌)に乗る論文と、プレプリントどまりの論文の2分化が進んでいくのではないでしょうか。
- 問題点② 読むのも無料、uploadも無料、じゃあ誰が莫大なサーバー維持費を出しているのでしょうか。答えは寄付金です。例えばbioRxivはFacebook創業者夫妻、EcoEcoRxivの母体であるOpen Science Frameworkはテンプルトン財団など。スポンサーの持続を祈るしかない..。もしかすると、そのうち国連とかが拠出するようになるんでしょうか
それってつまり日本では..。
いずれにせよ、プレプリントの利用で損することはまずないと思います。よりオープンで公平な科学界に向けて、大きな前進となることを祈っています。
渥美圭佑