Zackこと山崎君の研究の一部を紹介します。ヤツメウナギという変な魚の不思議な繁殖様式を研究しています。この研究は国内外のいろんなメディアで取り上げてもらいました。話題性の指標であるAltmetricも100を超えました。
研究成果のポイント
1.ヤツメウナギは乱婚性で、交配行動を何度も繰り返すが、実は大部分が卵を出さない疑似交配であることが判明。
2.周りにオスが多いと疑似交配の頻度が増加し、また、疑似交配でもオスはしばしば精子を放出。
3.乱婚性のヤツメウナギでも、実はメスがオスを選んでいる可能性があり、配偶者選択や繁殖システムの進化を理解する上で重要な発見。
研究の詳細
(背景)
動物の交配行動は多くの場合無防備であり、エネルギー消費量も高いなど様々なリスクを伴います。しかし、ヤツメウナギ属の多くは、1匹のメスが複数のオスと数十回、多い時には100回以上の交配行動を行います(下記ビデオ)。メスは繁殖を始めてから数日間で全ての卵を産み落として、その後は死んでしまいます。短期間のうちにこれほど高頻度で交配行動をする生物は非常に少なく、その理由は不明でした。Zackさんが交配行動を詳細に観察したところ、交配行動の大部分は卵を出さない疑似交配であることが判明しました。そこで、疑似交配が起きる理由として、(1)メスがオスを選んで産卵(卵を出す通常の交配)するか否かを決めている配偶者選択仮説、(2)ヤツメウナギの特異な形態と交配行動のために毎回は産卵できない物理的制約仮説、を考えて実験を行いました。
ビデオ解説.ヤツメウナギの繁殖行動。ヤツメウナギ属の多くは乱婚性であり、ひとつの産卵場所(産卵床)に複数の雌雄が集まって産卵します。産卵床は雌雄ともに吸盤状の口で河床の礫を運んで窪みを作ります。1回の産卵では基本的にペアを形成し、オスがメスの頭に吸い付き下半身をメスの総排泄腔に巻き付け、体を震わせて産卵を促します。しばしば、後から他のオスが巻き付いて放精を行います(スニーク行動)。(*このビデオをみるとお分かり頂けると思いますが、ヤツメウナギはかなりバカ鈍感です。なので行動観察にも非常に適しています)
(研究手法)
配偶者選択仮説を検討するために、オスの数を操作した2種類の実験区を作りました。メス1匹に対してオス1匹を入れた実験区Aではメスに選択の余地がないため、オスを3匹入れた実験区Bよりも疑似交配の割合が低下すると予測しました。先行研究から、巻き付き交配型のヤツメウナギでは、オスとメスの体サイズ比によって繁殖成功が変化することが示されています。そこで、オスとメスの体サイズ比が疑似交配に及ぼす影響を調べて、物理的制約仮説を検証しました。各産卵イベント後はスポイトで全ての卵を吸い取り、各産卵で放出された卵の数を解析しました。
(研究成果)
メス15匹を用いて合計15回の繰り返し実験を行ったところ、各メスが平均77回(範囲:20〜196回)の交配行動を示しました。そのうち疑似交配の割合は平均65%(範囲:35〜90%)にも上りました。Hurdleモデル(ロジスティック回帰とポアソン回帰を融合させたモデル)による解析の結果、オスの数が多い時に疑似交配の割合が増加し、また産卵1回あたりの放出卵数は低下していました。これは配偶者選択からの予測と一致していました。同様に、オスとメスの体サイズ比も疑似交配と放出卵数に影響していました。興味深いことに、卵を放出しない疑似産卵でもオスはしばしば精子を放出していました。オスはメスが卵を産むかどうかは完全には把握できていないようでした。
以上から、ヤツメウナギは多数の個体が入り乱れて産卵するにも関わらず、メスがオス個体を認識して産卵をコントロールしている可能性が示されました。これほど乱婚性の強い生物でも交配前の配偶者選択が行われていれば非常に興味深く、新しい知見です。
哺乳類や鳥類などの体内受精をする生物では、受精に繋がらない交配行動が普遍的にみられます。これは、より良い遺伝子の獲得や、父性を明らかにしないことで複数の父親候補から子育ての協力を得られるなどのメリットがあるためです。しかし、今回のような体外受精を行う生物において、一見無駄と思われるような交配行動はほとんど報告されていません。乱婚の中でもメスがオスを選ぶことができるとすれば、メスにとって非常に有利になると考えられます。今回の仮説検証は予備的なものですが、ヤツメウナギの繁殖を調べることにより、配偶者選択や繁殖システムの進化がより深く理解できると期待されます。