中野繁さん(故)との共著論文“イワナのアゴ”が公開されました!!!

私にとって記念すべき論文が出版されました!約20年前に海難事故で亡くなった伝説の生態学者、中野繁さんとの共著論文です。しかも中野さんが筆頭著者です。

Nakano S, Fausch KD*, Koizumi I, Kanno Y, Taniguchi Y, Kitano S and Miyake Y (2020) Evaluating a pattern of ecological character displacement: charr jaw morphology and diet diverge in sympatry vs. allopatry across catchments in Hokkaido, Japan. Biological Journal of the Linnean Society, 129, 356-378

『オショロコマが競争種であるイワナと一緒にいる時、アゴの形態を変化させ、餌資源利用を変えることで共存が促進される』という研究です。詳しい研究内容は近々「PICK UP!発表論文」にまとめます。ここでは共同研究の経緯などを話したいと思います。

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オショロコマ(上)は下アゴが短く川底にいる水生昆虫を食べるのに適した口。アメマス(下)は上アゴと下アゴの長さがほぼ同じで上から落ちてくる陸生昆虫をよく食べる。

中野さんの紹介:異才の生態学者

中野さんは世界的にも有名な生態学者です(もしかしたら日本よりも欧米での知名度の方が高いかもしれません)。37歳の若さでこの世を去りましたが、それまで驚くようなペースで質の高い論文を量産し続けてきました。元々は単なるイワナ好きだったのが、瞬く間に対象生物を超えて群集生態学者として世界の頂点に上り詰めていきました。2001年に発表した森と川の繋がりを定量的に調べた論文などは1000回以上引用されており(Google scholar)、多くの生態学の教科書にも取り上げられています。森と川の繋がりを実証するために、川を丸ごとビニールシートで覆うという大胆なアイデア。川の中に何時間も潜ってアマゴの詳細な行動データを取るパワーエコロジー。それを学生にもやらせるリーダーシップ(上記論文では14ヶ月間毎日(雨の日以外、夜明けから5時間)野鳥の採餌行動を観察しています。述べ1万3千回の行動観察!)。ほんと唯一無二の研究者だと思います。

当時、北大から京大に移り、これからどんな研究を展開していくのだろう、と周りをドキドキさせていた矢先の出来事だったので大きな衝撃が走りました(関連記事はこちら)。とても個性的でバイタリティーに溢れていた人だったので、その事実を受け入れられない人も多くいました。この大きすぎる損失は学術誌などでも取り上げられました(例えば、こちらこちら)。また、中野さんの業績や人生に感銘を受けたアメリカの自然カメラマンが教育ドキュメンタリー「RiverWebs」を制作しました。これは内容もさることながら映像が抜群に美しく、全ての日本人に観てもらいたいビデオです(外国人が日本をどのように見ているのか分かって面白いです。美しい自然の風景なども。すごく親日的な人たちに偏っているでしょうが、日本に少し誇りが持てます)。私は中野さんが京大に移った時に北大の大学院で生態学を始めたので、ちょうど入れ違いで数回しか話したことがありません。それでも当時も今もずっと特別な研究者でした。なので、今回、中野さんとの共著論文が出せたのは奇跡に近いことです。

この論文は中野さんが筆頭著者ですが、さすがに中野さんでも亡くなってからは(多分)論文は書けません。でも、同じような考えを持って、同じような論文を書ける人が世界に一人だけいます。それが中野さんの古くからの共同研究者で、親友のKurt Fauschです(責任著者になっています)。多分、論文執筆中は中野さんが乗り移っていたと思われます。

この研究は近縁イワナ2種の共存メカニズムに関する一連の共同研究のひとつでした。論文化する前に中野さんが亡くなり、Kurtも忙しくて解析する時間がなかったのですが、彼が2016年にコロラド州立大学を退官して少し時間的余裕ができました。そして2017年に我々が主催した日本生態学会のシンポジウムがきっかけとなって、遂に28年前に取られたデータが日の目を見たのです!

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2017年日本生態学会大会シンポジウム「Across the Borders: Stream Ecology beyond the Legacy of Shigeru Nakano」

 

共同研究の経緯:オショロコマのアゴが気になって

私は修士2年生の時にこの研究を先輩伝いに聞いていました。先輩と空知川でオショロコマを捕まえている時に「アメマスと一緒にいる川ってオショロのアゴの形って違うか?中野さんが言ってたんだけど」「見た目わかんねーよな」「なんかフィンチの嘴を読んでて『閃いた!』って叫んだらしいぞ」

こんな感じで「イワナの顎」研究を教えてくれました(既に20年も昔なので微妙に違うところがあるかもしれませんが)。

ちょうど私も「フィンチの嘴」を読んで、すごく感動した後だったので、この話も印象に残っていました。ただ、先輩の言うように見た目では違いが分かりませんでした。オショロコマのアゴの形は個体差が大きく、アメマスがいる河川といない河川で明瞭な違いがあるように見えませんでした。

そして数年後、いつも通りオショロコマを捕まえていて「そういえばアゴの違いって雌雄差の方が大きいよな(*注:繁殖期にオスのアゴが闘争のため長くなるので)。もし中野さんの仮説が正しければ、アメマスがいたら二次性徴が抑制されるのでは?」との考えに至りました。そのうちやってみようと頭のアイデア保管庫の中にセーブしておきました。とりあえず他の研究テーマもいろいろあったし、順番的にも中野さんの論文が出た後だよな、と。

そんなこんなで時は流れていったのですが(20年近くも!!!)、東北大の占部さんが「河川生態学でなんか楽しいシンポジウムでもしない?」と谷口さん(中野さんの初期の学生)と私に声をかけてくれました。それでKurtを招聘してシンポを主催しました。その時の内容は『やっぱり楽しい生態学会!』に書いてあるので是非ご覧下さい。また、Kurtがこの時の講演内容をベースにEcological Research誌に論文を寄稿してくれています。

その時に、谷口さんとKurtに「あのデータどうなってるの?」って聞いたら「手がつけられなくて心残りだっただけど、この機会に見直してみる」との返事が返ってきました。で、Kurtが「自分は進化生態や統計解析に詳しくないから良かったら一緒にやろう」って言ってくれました。サケ科であれだけ幅広く研究していた”巨人”なのでこの言葉は意外でした。謙遜しているだけかな、と。

Kurtと

Kurtは文字どおり”巨人”です(頭の大きさが変わらないのが悲しい。。。)

 

中野さんのデータ、フィールドポリシー、観察眼

で、データを見せてもらって驚きました。研究デザインやサンプル数が凄かったんです。。。Kurtと共同研究していたポロシリ沢で最初に見つけたパタンを裏付けるために、複数の河川で反復をとって、餌の流下量、胃内容物、河川環境などすごいデータを取っていました。さすが噂に聞いていた中野軍隊のパワーエコロジー。。。

自分でデータを解析させてもらって確かに聞いていたとおりアゴ形態に違いがありました。ただ、河川内でもバラツキが大きく、平均して違いは5-15%程度でした。やっぱり自分の感覚どおり、フィールドで見た目でわかるレベルではないよな、と。ただ、Kurtによれば(私が先輩から聞いた話とは少し違って)中野さんがフィールド調査中に違いに気づいたとのことでした。もしそうだとすればこんな微妙な違いに気づくなんて。。。

野外で違いが分かるか否かは別にして、素晴らしかったのは反復でとった他の河川ペアでも同じような違いが出ていたし、何よりも現在うちの学生が二次性徴を調べている川でも同様のパタンが見られたことです!つまりオショロコマがイワナと一緒にいると口の形を変えるというのは普遍性が高そうです(奇遇にも外来カワマスによって在来ブラウントラウトのアゴ形態が変化するという論文が同じJournalの同じ号に掲載されました!口の形態だけでなく目が大きくなるというのも我々が見つけたパタンと同じで驚きました)。

 

論文執筆の過程で

論文の共著者は、当時中野さんが指導していた学生で一緒にデータを取っていた谷口さんと北野さん。さらに食性解析の段階でプロの視点が必要ということで愛媛大の三宅さんにお願いし(三宅さんも中野さんのお弟子さん)、そして最後はKurtの後継としてコロラド州立大学で教鞭を執っている菅野さんに統計解析を手伝ってもらいました。こんな人たちと連名で論文を出せたのは本当に光栄です。そして、この論文は中野さんの意志が世代を超えて受け継がれている確かな証拠でもあります。

データ解析をしたり論文を書いている中で、Kurtと谷口さんが何度か中野さんの思い出話などをしてくれました。相変わらずゴクいなぁ、、、(^^;) とか、中野さんそんなこと考えてたんだ、とか。データを辿って過去を遡っているような感覚もあり、偉大な研究者の思考を少し垣間見ることができました。とても貴重で有意義な体験でした。論文がアクセプトされた時のKurtのメールのタイトル” the journey’s end”を見たときは、少し寂しくさえ感じました。

論文がアクセプトされた時はKurtもとても喜んでいました。そして『掲載誌 Biological Journal of Linnean Society について少し調べてみたら、ダーウィンとウォレスが最初に自然選択説を発表した雑誌の直系誌だった。Nakanoと共同研究を始めた頃は、自分達がこんな進化生物学の論文を書くなんて思ってもいなかった。』と言っていました。ちょっと進化生態学をかじっていたらジャーナルの経緯は知っているはずなので、Kurtは本当に「自分たちはあくまで生態学者で進化は門外漢」って思っていたんだな〜、とちょっと驚きました。あれだけ進化的視点満載の論文をいっぱい書いてきた人なのに。

何れにせよKurtもこの論文は大満足だったようで、こちらも本当に嬉しかったです。

 

さいごに

 

遠く離れた国でも同じような興味を持っている人がどこかにいて、研究を通して絆が生まれ、やがて世代を超えて広がっていく。

 

研究って本当に素晴らしいな、と再認識させてもらいました。

 

その他には今回の共同研究から論文の書き方なども学んだところが多かったですが、長くなりすぎたのでまたの機会に。

 

長文読んでいただき有難うございました。

 

 

小泉

 

P.S. 中野さんの記事をネット検索したのですが意外にも少なく(Wikipediaに載ってもいいレベルなのに)、一方で熱烈な中野ファンも多いため今回、敢えて詳しめに記事を書かせてもらいました。私なんかが中野さんの紹介をするのは恐縮なのですが中野さんなら許してくれるかな、と勝手に思っています (^^)