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北海道大学 大学院地球環境科学研究院 環境生物科学部門 生態遺伝学分野 早川研究室 (Hayakawa Lab, Faculty of Environmental Earth Science, Hokkaido University)

森林火災と再生 ~火と共に生きるコアラ~

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2020年7月6日

雑誌『モンキー』掲載
(5巻1号18-19頁、2020年6月1日出版)

本記事は英語でも読むことができます

カンガルー島からのニュース

 2019年の年の瀬。野外調査をしているカンガルー島からニュースが届いた。甚大(じんだい)な森林火災がおきたという。島の半分が燃えた。森も、獣も、鳥も虫も、家畜も家屋も、全部燃えた――。

 カンガルー島はオーストラリアの南部に位置する美しい島だ。コアラやカンガルーが住む豊かなユーカリの森と、農業や漁業をいとなむ人びとのくらしが共存している。そういう島だった。


火災前(2017年3月)のカンガルー島のユーカリの森。2019-2020年の火災で、この景色の森が全焼した。
カンガルー島、フリンダーズ・チェイス国立公園、バンカー・ヒル・ルックアウトにて。© 早川卓志


 2020年の年明けに、メディアが報道したカンガルー島の様子は惨憺(さんたん)たるものだった。森林の一切が焼失し、黒焦げの枝と幹しかない、灰にまみれた焦土(しょうど)へと変貌(へんぼう)した。火災は家屋と家畜を焼いて、人々のくらしも奪っていた。命がけで消火にあたる消防団や、火傷を負った動物を懸命に助ける獣医師の姿があった。居ても立っても居られなかった。

火災後のカンガルー島の風景

 夏の高温乾燥を特徴とするオーストラリアで、森林火災は決して珍しくない。油分に富んだユーカリの樹々が、ちょっとした摩擦(まさつ)や落雷で発火し、火災につながる。小さな火災は毎年のようにおきている。ところが今期の夏は燃えすぎた。過去最大級の猛暑となり、火災が森全体に延焼する大災害へと発展した。

 しかし、オーストラリアは四季のある国だ。夏が終われば秋が来るし、雨も降る。3月には初秋を迎え、鎮火(ちんか)した。火災による生態系への影響を調べるべく、カンガルー島へ入った。火災の中心であった西部へ車を走らせた。凄惨(せいさん)な風景が広がっていた。かつて知った美しく蒼々とした森は無く、灰色の地面と、炭と化した樹々が広がっていた。ところどころに黒焦げた白い欠片が落ちていた。焼死した野生動物や家畜の骨だ。飢え死んだコアラの亡骸(なきがら)も見つかった。


黒焦げの幹から新しい葉を出す3種の植物たち。
花穂(かすい)を天に伸ばすグラスツリー(Xanthorrhoea semiplana)。
新しい芽吹きや胴吹きのあるユーカリの1種(Eucalyptus leucoxylon)。
球果を付けるデザートバンクシア(Banksia ornate)。© 早川卓志

復元するユーカリの森

 絶望的な風景の中を、落木に気をつけながら歩いてみると、気づきがあった。緑はある。灰だらけの足元に、グラスツリーが無数の細長い葉を出していた。花も咲いていた。焦げたバンクシアの樹は種子を散らしていた。真っ黒なユーカリの根や幹からは、たくさんの新しい芽や葉が一斉に吹き出していた。グレースケールの世界の中に映える、なんとも美しい緑のコントラストが広がっていた!

 グラスツリーの葉やユーカリの芽吹きは不自然に切断されていた。動物の食べあとだ。カンガルーやワラビーに違いない。断面からの汁をアリがなめていた。灰色の焦土の一部は明るい茶色に盛りあがっていた。シロアリの巣だ。さらにその巣に穴があいていた。オオトカゲが巣を作るためにあけた痕跡だ。たった一、二ヵ月で植物は再生し、火災を生きのびた動物に食糧と住みかを与えていた。高温乾燥に適応したユーカリの森が作る生態系は、たびかさなる火災を受け入れ、迅速に世代交代する。今期のように、たとえその規模が激甚(げきじん)であっても、森は確実に復元へと着手していた。


焦土の中にシロアリ(Nasutitermes exitiosus)が作った新しい塚。
ゴアンナというオオトカゲ(Varanus rosenbergi)が巣のために横穴を開けている。© 早川卓志

火と共に生きるコアラ

 樹の上でユーカリの葉を食べてくらすコアラはどうだろう。生活の場と食べ物を、コアラから森林火災は同時に奪ってしまう。自然保護ボランティアチームが、生きのびたコアラがいる場所を教えてくれた。黒焦げたユーカリの低い位置にいるコアラの姿があった。見上げると、別の数頭のコアラが近くの樹々に散らばって幹にしがみついていた。本来、コアラは群れない。新葉のついた数少ないユーカリを求めて、やむをえず集まったのかもしれない。樹の低い位置にいるのは、限られた新葉を求めて、頻繁に地面に降りて移動しているためだろう。コアラもまた、再生したユーカリに助けられていた。


吹きはじめた新葉を求めて、幹が黒焦げのユーカリ(Eucalyptus globulus)の樹々を移動する、
火災を生きのびたコアラ(Phascolarctos cinereus)。© 早川卓志


 未曾有(みぞう)の大災害はあった。しかし、ユーカリの森が作る生態系の復元力もまた、人間の想像をはるかにこえていた。心配ご無用と、自然から語りかけられたような気がした。今期の大規模火災は、地球温暖化が強く関係しているという。日本も毎年のように、最高気温の記録を更新している。火とともに生きるコアラの姿は、決して対岸の火事とは見逃せない事実を教えてくれる。


(2020年6月1日、了。サブタイトル追加。)



本稿は、日本モンキーセンターが出版する雑誌『モンキー(5巻1号18-19頁、2020年6月1日出版)』に掲載されました。火災を生き延びたコアラの写真は当号の表紙にも採用いただきました。雑誌『モンキー』ではサルの仲間に限らず、コアラなどのさまざまな野生動物研究(ワイルドライフサイエンス)の最先端について知ることができます。公式Webサイトにて、創刊号から昨年度までの記事を電子版で読むこともできます。ぜひご覧ください。

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