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研究紹介 『外来アライグマと在来フクロウの潜在的な競争:
両種が好む樹洞タイプが大きく重複』
Potential resource competition between an invasive mammal and native birds: overlap in tree cavity preferences of feral raccoons and Ural owls.
Kobayashi, F., Toyama, M. and Koizumi, I. (2013) Biological Invasions, 16, 1453-1464.
特定外来種アライグマ
近年、「外来種」という言葉が一般社会にも浸透しています。本来、その土地には生息していませんでしたが何らかの理由により導入された生き物達です。外来種の中には在来の生態系に大きな影響を及ぼすものもあります。世界的に有名な例では、進化の箱庭として知られるアフリカのビクトリア湖で、ナイルパーチという魚食性大型魚の移植により、貴重な固有シクリッドの半数近くが絶滅したとされています。日本では釣りのターゲットとしてかつて絶大な人気を誇っていたブラックバスが挙げられます。ブラックバスは貪欲な食性から日本の在来生物へ影響を与えていることが明らかとなり、現在ではほとんどの地域で防除の対象になっています。その他、最近、世間をにぎわせた外来種に、セアカコケグモ、カミツキガメ、アルゼンチンアリなどがあります。
外来生物の中には、在来生態系だけでなく人間の経済活動にまで大きな損害をもたらすものもあります。日本ではヌートリア、アライグマが代表選手です。特にアライグマは現在47都道府県で確認されており、農業被害額は年間3億円にものぼります(
詳しくはWikipediaで)。このように外来種の中でも特に生態系や人間活動への影響が大きいものは「日本の侵略的外来種ワースト100」として特別な注意が払われています。さらに、その中でも法による厳しい取り締まりが必要な生物は「外来生物法」により「特定外来生物」に指定されています。特定外来生物を野外に放つなどした場合、3年以下の懲役や300万円以下の罰金といった厳しい処罰が下されます。今回、調査対象としたアライグマは特定外来生物に指定されており、人間でいうところの重要指名手配者みたいなものです。
日本における外来アライグマの多くは、ペットとして飼われていたものが逃げ出した(野外に放たれた)ものが由来と考えられています。1970年代にテレビアニメ「あらいぐまラスカル」によって可愛い容姿で人気を博し、多い時には年間1500頭ほどが北米から輸入されていたと言われています。確かに、アニメではおとなしくてかわいいペット、といった印象でしたが、実は非常に気性の荒い生き物です。実は、「あらいぐまラスカル」のrascalとは英語で「ならず者」とか「いたずらっ子」という意味です。アニメの内容も、主人公の少年がアライグマの子供を拾ってきてから別れまでを描いたもので、小さい頃は可愛かったが成長するにつれて手に負えなくなり、最終的に山に返す、というものでした。おそらく、日本では可愛い部分のみが注目され、この主人公と同様の道を辿ったのかもしれません。アライグマにとっては、勝手に知らない国へ連れて来られて、山に捨てられて、駆除される、と完全な被害者です。生き物を飼育するのは良い面も非常に多いですが、同時にこういった危険性もあることは念頭に置いておかなければなりません。
外来アライグマと在来鳥類の潜在的な競争
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回、私達が着目したのがアライグマと在来鳥類との意外な競争関係でした。アライグマは体重が4-10kgと比較的重く、タヌキのような外見をしています。見た目も可愛らしくおとなしいイメージもあります。しかし、実際には活発で好奇心が強く、運動神経も発達しています。特に、木登りが非常にうまく高い木でもするすると登っていきます。木に空いた空洞(樹洞)をねぐらとしており、特に降雪地帯では冬場の重要な生活場所になります。また、繁殖期にも樹洞で出産・子育てをする個体も多くいます。私達は、この樹洞をめぐって在来の鳥類と潜在的な競争関係があるのではないかと考えました。
樹洞は森にすむ様々な生物にとって貴重な資源となっています。特に鳥類の多くは産卵・子育ての場所として樹洞に強く依存しています。良い樹洞は温度や湿度が安定しており、さらに捕食者から守ってくれます。一方、樹洞が形成されるためには長い時間がかかり、多くの森林では数が限られています。もともと数が少ない樹洞ですが、アライグマが利用するような大型の樹洞はさらに資源不足になっています。当然大型の樹洞には大きな樹木が必要ですが、日本ではそのような樹木は貴重な木材として伐採されてきた経緯があります。さらに、大きな樹洞があるとそこから幹が折れやすくなるため、安全性の面からも樹洞のある木は選択的に伐採されます。
今回私達が特に着目した在来鳥類がエゾフクロウです。ご存知の通りフクロウは樹洞で生活する代表的な生き物です。フクロウ類には大型のものも多く大きな樹洞が必要になります。さらに、フクロウもアライグマも夜行性であり日中は樹洞などで休んでいます。このように両種とも大型の樹洞を頻繁に利用するため潜在的な競合相手になると考えました。これまで外来種の影響評価は、生態の類似した近縁種間での競争や、小型種の捕食に着目したものが主流でした。今回のように、系統的、形態的にかけ離れた分類群間での競争は見過ごされていました。
種間競争を調べる
実は異なる種間に競争関係があるかどうかを証明するのは簡単ではありません。直接の干渉行動や生存率などを長期的に観察したり、一方の数を実験的に増やしたり減らしたりして相手の応答が調べられると理想的なのですが、これを野外で行うのは一般的に困難です。そこで今回は、種間競争を証明する第一歩、つまり両種において同じ資源(餌や空間など)を利用するかどうかを調べました(Wiens 1989に種間競争の在否および研究方法についてまとめられています)。この資源利用の重複は種間競争の強い証拠にはなりませんが、まだ何も分かっていない異種間の潜在的な競合を調べるには適当であると考えました。
ある種が好む環境を明らかにするためには、幅広い環境勾配を調べて利用した環境としなかった環境を比較します。今回の研究ではアライグマ、エゾフクロウ、それぞれが本来好む樹洞を知りたかったので、資源が十分に利用できるような調査地を選びました。各種が本来持つ選好性を知ることにより、他の地域での資源利用パターンも明らかになります。調査地に選定したのは札幌市近郊の野幌森林公園でした。野幌森林公園は約2000haの北海道立自然公園です。人口200万人近い大都市のわずか10数キロ東に位置するにもかかわらず、非常に立派な森が残されています。胸高直径が1メートルを越える大木が多いため、他の森林と比べて大型の樹洞も豊富に残されています。さらに、野幌森林公園では長年にわたってアライグマの駆除活動が行われており、現在、アライグマが低い密度に保たれています。つまり、アライグマやフクロウの数に対して十分な量の樹洞が存在すると考えられるため、両種が本来もつ選好性を明らかにすることができます。また、生態研究にはとても重要なのですが、野幌森林公園が大学から近いというのも調査地選定の大きな理由です。十分なデータを得るためにはアプローチがしやすいというのも大切です。本研究を主体で行ってくれた小林君は大学院講義の前後に調査に行ったりしていました。ちなみに、種間競争をもう少し厳密に調べるには、樹洞資源が制限された環境下での両種の樹洞利用も調べられたら良かったのですが、労力的にかなり厳しく、また近くに適切な調査地もなかったため今回は見送りました。
楽しくも厳しいフィールドワーク
まずは公園内を歩きながらひたすら樹洞を探しました。海外の研究ではアライグマが利用できる樹洞は、穴の最も狭い部分で幅10cm以上と報告されていたので、目視で大体それ以上の大きさの樹洞を探しました。葉っぱがあると樹洞が見えづらいので葉っぱが完全に落ちた冬期(1-3月)に樹洞を探し、合計384個の樹洞を記録しました。そして樹洞利用が最も重要になる繁殖・育児期(5-7月)に最低2回、これらの樹洞を調べアライグマとフクロウが利用しているかどうかを記録しました。樹洞利用ではCCDカメラやツリークライミング技術を用いた直接観察に加え、アライグマの体毛やフクロウのペリットも利用の有無に用いました(ペリットとは、猛禽類が食べた餌のうち消化できないものを吐き出した塊)。また、地元自然愛好家による写真などの確実な証拠もデータに加えました。なお、フクロウの繁殖を邪魔しないよう、外部から営巣が確認できた場所では直接観察を行わず、また樹洞の計測は雛の巣立ち後に行いました。本調査により営巣を放棄したフクロウはいませんでした。
アライグマとフクロウが利用した樹洞については樹洞の特性を詳細に計測しました。両種とも利用していなかった樹洞50個についても同様の計測を行い、どのような樹洞を好んでいるのかを調べました。樹洞の特性としては、樹洞の入り口の大きさ(長さと幅)、樹洞の深さ、樹洞の底面積、地上から樹洞までの高さ、穴の数、穴の方位(東西南北)、樹洞がある木の高さ、木の太さ(胸高直径)、木が生きているか枯れているか、自然樹洞かキツツキによって作られた樹洞か、幹に作られた樹洞か枝に作られた樹洞か、について計測してフクロウとアライグマの樹洞利用を評価しました。
以上の項目を調べるには高い木にも登る必要があります。そこでロープやハーネスを用いて安全に木に登るツリークライミングの技術を用いました。専門のインストラクターにも教えて頂きながら技術を習得していきました。ツリークライミングは自然と遊ぶ方法として最近日本でも少しずつ普及しています。実際に木登りはとても楽しいのですが、仕事となると話は別。登りづらい木、少し危険な木にも登らないといけません。さらに、限られた時間の中で調査をしないといけないので、どうしても楽しむ余裕がなく事務的にならざるを得ません。そんな中、論文筆頭著者の小林君は時間を見つけてはコツコツと調査地に通い続けていました。もともと自転車部で自分を鍛える(酷使する?)のが好きな小林君にとって今回の木登り調査は性にあっていたのだと思います。
フクロウとアライグマが使った樹洞
383個の樹洞を調べたところ、42個については内部の空洞が十分に形成されておらず利用場所として不適であると判断しました。残りの341個の樹洞について、アライグマが利用していたものが37個、フクロウが利用していたものが32個見つかりました。それぞれ全体の10%程度でそれほど高い利用率ではありませんでした。アライグマとフクロウ以外では、オシドリの営巣樹洞が2個、利用した生物種が特定できない樹洞が3個(巣材だけ残されていた)のみでした。前半部分にも触れたように、樹洞は一般的に限られた資源と考えられるのですが、やはり野幌森林公園には十分な数の樹洞が残っていることが示唆されました。
フクロウとアライグマが利用した樹洞の特性を比較したところ、両者の樹洞利用は非常に似通っていました(図)。さらに、両種共に利用していない(ランダムに選ばれた)樹洞の特徴とも似ていました。これはフクロウもアライグマも様々なタイプの樹洞を利用していたことを示しています。統計解析の結果、アライグマはより深く、より底面積が大きい樹洞を好むという結果が得られました。一方、フクロウは深い樹洞に加えて、より高い位置にあり、より胸高直径の大きい木にある樹洞を好んでいることが分かりました。ただし、これらの選好性はそれほど強いもではなく、例えばフクロウでも地上3mといった低い位置にある樹洞も利用していました。一言でいうと、両者に樹洞の好みはあるものの、それほど厳密ではなく幅広い樹洞環境を利用することが明らかとなりました。
その他に興味深い点としては、アライグマが地上18mの高い位置にある樹洞を利用していたり、穴の幅が10cm弱という入り口の狭い樹洞も使っていたことです。さらに、同じ樹洞を両種ともに利用していた事例が4例ありました(写真)。写真の樹洞は2006年までフクロウが営巣していたものですが、2007年には営巣せず、代わりにアライグマが使っていました。他のひとつは2011年の秋にアライグマの体毛が確認された樹洞で、フクロウが2012年に営巣していました。特に写真の入れ替わりはインパクトがありますが、注意すべき点は、これが『アライグマがフクロウを追い出した証拠とは言えない』ことです。もしかしたら、フクロウが営巣場所を変えたあとに、アライグマが利用しただけかもしれません。
在来鳥類の潜在的な競争種としてのアライグマ
本研究から、アライグマが多様な樹洞を利用することが明らかとなりました。エゾフクロウの利用する樹洞と大きく重複していたことから、アライグマが潜在的な競争種になることが示唆されます。野幌森林公園はアライグマの密度が低く、樹洞も豊富にあるので現時点ではほとんど競合が起きていないと考えられます。しかし、他の地域では既に競争、あるいはそれに伴う負の影響も顕在化している可能性もあります。
2011年における野幌森林公園のアライグマの密度は1平方キロメートルあたり0.6匹と推定されています(北海道、未発表データ)。これに対して、例えば千葉県では3-20倍の2-11匹/km2となっています(浅田・篠原2009)。さらに、原産地でも通常1平方キロメートル当たり10匹程度、多いところでは100匹/km2と報告されています(Wilson 2005)。駆除活動により密度が低く抑えられている野幌森林公園でさえ約10%の樹洞でアライグマが利用した痕跡が見つかっています(おそらく一匹のアライグマが複数の樹洞を利用)。通常のアライグマ密度であればかなりの樹洞が利用されていると考えられます。さらに、野幌森林公園には大型の樹木や樹洞が豊富に存在していますが、通常の森林では大型樹洞が非常に限られています。このような条件下であればアライグマとフクロウの樹洞をめぐる競争が十分に考えられます。今後、これらの資源の制限された場所での研究が求められます。なお、エゾフクロウは繁殖期に攻撃性が非常に高く、アライグマが営巣樹洞に近づいてきたら激しく攻撃し撃退するかもしれません。両種が出会った時にどのように振る舞うかはアライグマの影響を知る上でとても重要であり、こちらも今後の課題です。
アライグマが幅広いタイプの樹洞を利用することを考慮すると、エゾフクロウ以外にも多くの在来鳥類に影響を及ぼすことが考えられます。北海道で特に懸念されるのが絶滅危惧種のシマフクロウです。シマフクロウは世界でも最大級のフクロウで、魚を主食とする大変珍しい鳥です。日本では北海道のみに生息していますが、大型の樹洞が減ったり、餌となる魚が減ったことで20世紀に数が激減しました。現在では150-200羽程度が生息するのみで非常に危機的な状況にあります。近年、シマフクロウの主要な生息地である北海道東部地方でもアライグマが捕獲されるようになりました。シマフクロウは3月のまだ寒い時期に卵を暖めるため、アライグマなどが邪魔をすると卵が凍死してしまう恐れがあります。このような樹洞を利用する希少鳥類が生息する地域ではアライグマのモニタリングが望まれます。
異なる生物間における資源をめぐる競争
今回は、これまで見過ごされてきた哺乳類と鳥類の資源をめぐる競争について調べました。しかし、実は木に登って樹洞を利用する哺乳類は非常に多く(イタチ、リス、モモンガ、ネズミなど)、自然界では想像以上に異なる分類群間での競争が起きているかもしれません。もちろん、外来の鳥類が在来哺乳類に影響を与えている可能性もあります。さらに、カエル、トカゲ、昆虫なども樹洞を利用しています。今後はこういった意外な種間の競争に目を向ける必要がありそうです。
本研究は、今年の春(2013年3月)修士課程を卒業した小林章弥君の修士論文です(現在、株式会社モンベルに所属)。研究の初期アイデアはフクロウで学位をとった外山雅大君(当時、北大博士研究員、現在、根室市歴史と自然の資料館学芸員)が持ちかけてくれたものです。また、ツリークライミング(樹木登攀技術)を初めとする野外調査も外山君が教えてくれ、それを基に調査の大部分を小林君が行ないました。解析、論文執筆も小林君が主体となっています。小林君は部活動や就職活動と平行してしっかりと研究を行っており、非常に優秀な学生でした。また、調査中には地元の自然愛好家の方々に数多くの有益な情報を頂きました。私達が調査を始めるよりずっと前から野幌森林公園で観察を続けており、驚くほどの知見を集めていました。この方々の協力なしにはここまでの研究が行えませんでした。深く感謝致します。また、本研究は藤原ナチュラルヒストリー振興財団の研究助成を受けています。一連の野外調査は環境省、北海道庁などの許可を得て行っています。
参考文献
浅田正彦・篠原栄里子(2009)千葉県におけるアライグマの個体数試算(2009年).千葉県生物多様性センター研究報告1:30-40
Wiens JA (1989) The ecology of bird communities. Cambridge University Press, Cambridge
Wilson SE (2005) Demographic characteristics and habitat use of unexploited raccoons in southern Illinois. M.S. Thesis, Southern Illinois University, p 64
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