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研究紹介 『釣り人は正しかった:支流避難仮説の実験的検証』
The fishermen were right: experimental evidence for tributary refuge hypothesis during floods.
Koizumi, I., Kanazawa, Y. and Tanaka, Y. (2013) Zoological Science, 30, 375-379.
簡易版はこちら。北海道新聞をはじめ多くのメディアで取り上げて頂きました。
大雨で河川が増水している時、魚達はどうしているのでしょうか?
河川の氾濫は人間にとって大変危険であり、水生生物にとっても緊急事態と考えられます。しかし、川に生息する生物は何百年も何千年もこのような攪乱と戦ってきました。彼らはどのようにやり過ごしてきたのでしょうか。これを調べることは生物の保全を考慮した河川管理にも役立ちます。
これまで洪水撹乱の影響を調べるために数多くの研究が行われてきました。その大部分の研究は大雨による洪水の前後を比較して、水生生物の数の変化を調べています。つまり、洪水によってどのくらい生物が減少しているのか評価します。当然、結果は洪水の程度や河川によって異なりますが、興味深いことはかなり極端な洪水でない限り、影響は小さいということです。一見、大増水に見えても魚や水生昆虫は上手く耐えているようです。もちろん、100年に一度などという大氾濫があった場合は、多くの魚が流されてしまいますが、それでも数年くらい経てば回復するようです。
ではどうやって洪水をやり過ごすのか?
濁流のなかで河川生物がどのように過ごしているのかはほとんど分かっていません。大雨や洪水の最中に野外調査をするのは非常に困難だからです。数少ない研究で、魚類に小型発信器を装着して増水中の移動について調べた研究があります(Harvey et al. 1999; Makiguchi et al. 2009)。これらの結果は、増水して氾濫した川の中でもサケ科魚類は石の下や障害物の影に隠れてじっと耐えていることが示唆されました。特に、台湾の河川で行われた研究は驚きの結果でした(右の写真:日本大学 牧口祐也博士提供)。
当時北海道大学の牧口博士らが10匹のヤマメ(サラマオマス:20-30cm)に発信器をつけたところ、大型台風による大洪水にも関わらず、1匹も流されることなく、いつもと同じ場所に留まっていたそうです。わずか20-30cmの魚が3mを越える大氾濫でもじっと耐えられることに驚きました。この河川は大型の石が多く、逃げ込むスペースが十分に存在したのかもしれません。洪水で河床の礫(レキ)まで流されるような場合だと、隠れ家と共に全て流されてしまいます。本研究で用いたサラマオマスは分布の最南端に生息する貴重なサケ科魚類です。台風(洪水)の多い地域に特別に適応している可能性もあります。
野外での観察以外には実験水路を使って生物の応答を調べる方法があります。これには大型の実験施設が必要であるため、研究が出来る場所が限られます。岐阜県の土木研究所自然共生センターには800mの長さをもつ巨大な実験河川があり、人工的に増水させることができます。佐川ら(2005)はこの実験河川を用いてコイ科魚類の幼魚(3cm以下)で増水時の生息地選択を調べました、その結果、ワンド部分の巻き水(Backwater)になった部分に集まっていることが分かりました。このような場所は本流が増水していても流速が遅く保たれ、避難場所として重要になります。また植物で覆われている場所や川岸の水際部にも集まっていました。
このような過去の研究例から、通常の洪水であれば魚類や水生昆虫はあまり影響を受けないこと、川の中には、障害物、一次水域、巻き水、といった避難場所が十分にあること、が分かります。逆にいえば、洪水に耐えるためには、巨礫、流木、水草、氾濫源、ワンド、蛇行といった複雑な河川構造が必要になり(Pearsons et al. 1992)、護岸などが行われた単調な河川では攪乱に対して脆弱になると考えられます(佐川ら2005)。
釣り人の逸話?
科学的な研究とは別に、釣り人の間で語り継がれてきた逸話があります。河川が増水した時、魚類は本流から小さい支流(枝沢)に逃げ込むというものです。これは本流が増水して釣りにならない時に、いつもは魚がいないような小支流で思わぬ釣果が得られた、という話から来ています。これは主に山岳渓流で、イワナやヤマメのような渓流魚で伝えられていました。山岳地帯では大きな本流が氾濫していても支流では洪水の影響が少ないことがよくあります。私も小さい頃から釣りをしていたので、この話は何度か耳にしていました。
しかし、インターネットで情報を調べても確かな証拠は見つかりませんでした。さらに、専門の文献を探しても、増水時に支流に逃げ込む、という仮説に着目している研究自体がほとんどありませんでした。ようやく見つけた台湾の研究では、山岳地帯にすむコイ科の魚が支流に逃げ込まなかった、という否定的な結果でした(Han et al. 2007)。また、ドイツの研究ではカジカやコイ科が支流に移動していましたが、この河川は氾濫源を流れるゆったりとした大河川のため、増水で逃げ込んできたというよりは、増水に合わせて季節移動をしたのではないか、と考察されていました(Nunn et al. 2009)。カリフォルニア北部でカットスロートトラウト46個体に発信器をつけた研究では、1個体のみが洪水時に支流に移動しました(Harvey et al. 1999)。しかし、この個体は洪水前から上流へ移動していたことや、他の個体は洪水中もあまり動かなかったことから、筆者らは支流移動と洪水は不明瞭と考察していました。
渓流魚は支流に逃げ込まない?
以上のように、支流に逃げ込むという証拠がほとんどないこと、本流でも避難場所が十分に存在すること、から釣り人の逸話の信頼性は低いと考えるようになりました。そして、実際に自分で検証できる機会がやってきました。2003年8月、北海道の山岳地帯を流れる河川で支流と本流を行き来するオショロコマ(サケ科イワナ属魚類)の研究を行っていたところ、北海道には珍しく大型台風がやってきました。調査地では過去30年間で2番目に多い降雨であったため、河川は大増水し、調査を一時中断せざるを得ませんでした。しかし、洪水の影響を調べる良い機会だと考え、台風前に個体数を調べた4本の小支流で、台風の3-4日後に個体数の変化と本流からの移動を調べました。その結果、遊泳力の弱い0歳魚の減少を除き、個体数や種組成に大きな変化は見られず、本流から支流に逃げ込んでくるという結果は得られませんでした。これは、先行研究と整合性のある結果で、やはり魚類の増水耐性は素晴らしく、あれほど増水した本流の中でやり過ごしているのだと感心しました。
この研究結果は、魚類生態学の専門誌に掲載されました (Koizumi et al. 2012)。ただし、論文を評価してくれた査読者からは、増水から数日経ってから調査しているために、増水の最中のみ支流に逃げ込んでいた可能性を排除できない、との指摘も頂きました。支流に逃げ込んできたのであれば証明は出来るのですが、逃げていない、という否定的な結果を証明するのは、科学研究において常につきまとう難しい問題です。このような意見があった一方で、『釣り人の間で語り継がれてきたことを、現代の科学的手法を用いて実証するのは非常にCoolだ』と研究自体には好意的な評価を頂きました。論文が出版されるとすぐに、いろんな国の研究者、自然保護団体などから論文が欲しいとの問い合わせがきました。
絶好のチャンス:ダム放水による人工氾濫
この支流避難仮説を検証する2度目のチャンスが来ました。通常、この手の研究は台風やハリケーンといった自然に任せるため、計画的な調査ができません。しかし、今回は北海道の札内川(十勝川水系)において人工的に洪水を引き起こす大規模な試験が試みられたのです。試験放水やフラッシュ放流と呼ばれる試みで、大型のダム湖から大量の水を放出し、人工的に氾濫を引き起こします。洪水の時間と規模が把握できることに加えて、大雨や強風といった調査を困難にする要因もありません。さらに、本流だけが増水するため支流では安全に調査が行えます。
本来、自然の河川は雪解け増水や台風によって河川の水量が大きく変動します。そしてそこに棲む生物はこういった自然攪乱にうまく適応してきました(Lytle & Poff 2004)。生物の中には、むしろ攪乱がないと上手く生活できない種さえいます。氾濫源に生息する生物が代表で、カワラノギクやケショウヤナギといった植物は、氾濫によって作られた荒れ地に種子が定着します。氾濫がないと、他の植物などに競争で負けてしまうのです。攪乱によって作られた空き地に素早く定着する戦略を身につけているのです。
今では世界中に大型ダムが作られています。ダムができると流量が調節されます。人間にとっては、危険な洪水がなくなったり、安定に水資源が供給できるなど非常に助かることですが、攪乱に特化した生態系にとっては大きな変化を余儀なくされます。例えば、先に挙げた氾濫源に特化した草本などの代わりに競争に強い大型の樹木が侵入してきます。河川が安定すると河原がなくなり、樹林化が起こることがあります。こうなると草本だけなく、河原で繁殖する鳥類や昆虫類なども減少してしまいます。
そこで考え出されたのが試験放流です。これは雪解け増水や日本では梅雨時期など、本来の河川の流量変化に合わせてダムの放水量を調節して、生態系を復活させようという試みです(Molles et al. 1998)。アメリカでは20年前ほどから始まり、その効果も検証されてきています。日本でもフラッシュ放流と呼ばれる比較的小規模なものが各地で行われています。主に河床のレキの上に溜まった泥や藻類などを綺麗にする目的です。一方、今回、札内川で企画されたものは河原といった裸地を取り戻すための非常に大規模な洪水でした。実際、どんなものなのか楽しみに見ていると、6時間ほどでどんどん水位が上昇し、非常に大きな氾濫になりました。一見危険に思われる人工氾濫も2日ほどで何事もなく終了し、政府の自然保護に対する政策もどんどん改善している印象を受けました。
やっぱり釣り人は正しかった!?
わずか半日ほどで水量が20倍にも増えた河川をみると、本当にどうやってこんな場所で魚達は耐え忍んでいるのだろうと不思議になります。しかし、この規模の氾濫は、ダムができる以前は年間平均5回ほど起きていたもので、特別なものではありません。魚類や水生昆虫は問題なくやり過ごしているはずです。
札内川は大きな石や流木、深い淵などもある自然度が高い河川です。先行研究や前回の調査結果から、魚類は本流の石の下などで避難しているはずであり、支流には上ってこないと考えていました。実は、この調査は洪水の最中に調査を行うことによって、
支流に上ってきていない、という前回の研究結果(Koizumi et al. 2012)をより強く示そうと思っていたのです。事前に下調べをして、ダムから比較的近い位置にあり、調査の行いやすい4つの支流を選びました。調査人員や期間も限られていたため、この4本で放水の2日前、当日、2日後、というスケジュールで調査を行いました。電気ショッカーで魚類を捕獲し、魚種、体サイズ、数の変化などを調べるものです。電気ショッカーで捕まえた魚類はひれの一部を切り取り、標識とし、もとの場所に放流し、次回の調査で再捕獲されるか確かめました。4つの支流の上流部には全て堰堤や土管(カルバート)など魚類の移動を阻害する河川工作物がありました。したがって調査区間は本流との合流点から河川工作物までとしました(平均70m)。河川工作物の上も調査しましたが魚類も少なく、増水中に支流で捕れたものは、上流から落ちてきたものではなく本流から遡上してきたものと考えることができます。
試験放水の2日前は4本の支流共に10cm程度のカジカが中心でした。河川によっては10-20cmのニジマス、フクドジョウ、スナヤツメが数匹混ざっていました。本流でも電気ショッカーを使ってみましたが、川の規模が大きく小型のニジマスが少数捕獲されたに留まりました。ただし、釣りをしてみたら50cmを越えるニジマスが釣れました。この他にも30-50cmのニジマスを多数目撃することができました。
本流が増水している時に1本目の支流で電気ショッカーをかけてみました。驚いたことに、予測と反して、15-20cmほどのオショロコマがたくさん捕獲されました(76m区間で11匹)。増水2日前は一匹も捕獲されなかったにもかかわらず、です。さらに興味深いのは、増水2日後には1匹を残して全ていなくなっていました。これはオショロコマが洪水時に流れの穏やかな支流に避難してきたことを強く示唆します。本流で電気ショッカーをかけた時もオショロコマは全く捕獲されなかったので驚きでした。
2本目の支流では20cmを越える立派はヤマメ(サクラマス)と12-17cmの2匹のニジマスが、同様に増水中にのみ捕獲されました。この小さい河川では、電気ショッカーで20cm程度の魚を見逃すことはほとんどないため、やはり本流が増水した時に支流に避難してきたと考えられます。その一方で、3本目、4本目の支流ではサケ科魚類の増加は見られませんでした。また、本流で目視された30-50cmの大型ニジマスは支流には上ってきませんでした。
サケ科魚類は電気ショッカーで捕獲しやすく、洪水避難仮説を支持することができました。一方、カジカやフクドジョウも2-3本の支流で増加しました。これらはサケ科魚類と異なり、増水2日後も支流に留まっている傾向がありました。また、サケ科魚類は堰堤など魚止めの直下で捕獲されましたが、フクドジョウは本流と支流との合流点で巻き水となっている部分で捕獲される印象をうけました(定量的なデータは取っていません)。
健全な河川には生息地の多様性と繋がりが重要
以上のことから、釣り人が言っていた『枝沢に避難する』という逸話が正しいことが、本研究により初めて証明されました。ただし、避難する支流としない支流があることも分かり、他の河川でどれほど一般的に起こるのかは今後の研究に持ち越されました。さらに、魚種や体サイズによっても洪水時の反応が異なることも示唆され、支流へ避難するか否かといった単純なものではないことも分かります。
避難する支流としない支流のどこが違うのか?とよく聞かれるのですが、答えは未だに分かりません。支流の大きさなどについて解析してみましたが、4本でしか調査を行っていないこともあり明瞭な傾向は見られませんでした。個人的には、その支流の近くの本流にどのような魚がどれくらい生息しているか、巨礫や倒木などの避難場所がどれくらいあるか、といった本流の状況がかなり重要な気もします。この研究を切っ掛けに多くの場所でも同様の研究が行われることを期待しています。
本研究の重要な点は、普段あまり使われていない場所でも撹乱時には主要な避難地になることを示した点です。小さくて魚が棲まないような支流でも洪水から逃れるためには重要になるかもしれないのです。また、本流と支流の間に堰堤ができて川の繋がりが断たれても魚達は避難ができなくなります。これまでに、本流内での障害物や複雑な河川構造などが洪水から水生生物を守るために必要なことが明らかとなっていましたが、本研究では状況によっては支流も避難場所として機能することが示せました。洪水や渇水といった非常時に支流が重要な役割を果たすことは20年以上前の論文でも提案されていますが、実際に検証されることはほとんどありませんでした。まだまだ追試は必要ですが、小支流の重要性を示すことができたのは幸いでした。
あとがき1
海外の友人に釣り人の逸話について質問したところ、『そんな話聞いたことがない』との答えが返ってきました。英語のネットでも探しましたが支流避難仮説に関連する記事は見つかりませんでした。その友人がいうには、アメリカでは誰も大雨時に釣りなんかしない。特に、フライフィッシングのような趣味の釣りが多いので、日本の渓流釣り師とは違うのではないか、ということでした。さらに、北米などは大きくゆったり流れる河川が多く、日本のように急峻で降雨が多い山岳河川とは状況が大きく異なるため、日本のような逸話が生まれなかった可能性もあります。同じ釣りでも文化の違いを反映していて興味深かったです。
あとがき2
洪水中に魚がどのような場所で避難しているかについて、実は研究者よりもよく知っている人達がいるようです。川のそばに住む地元の漁師&おじさん達です。いろいろと調べていると、河川が氾濫している時にわざわざ魚を捕りにいく人達がいることを知りました。ちゃんとした研究報告ではないこと、真似をすると危ないこと、乱獲を防ぐこと、から詳細は伏せますが、驚くような事実でした。これを定量的に調べたら重要な科学論文になると思います。やはり昔から伝わる地元の知恵はスゴイ!
あとがき3
この論文が公開されると洪水時に釣りに行く人が増えるのでは、と少し心配になりました。しかし、論文を読んでもらえれば分かるとおり、どの支流にも魚がいっぱい逃げ込んでくるわけではありません。むしろ釣り人が期待するような大型の魚達は本流で濁流の中で耐え忍んでいるようです。自分も釣り人の端くれですが、自分だったらわざわざ大雨時に支流に釣りに行かないな、と思います(笑)。
参考文献
Han C-C, Tew KS, Fang L-S (2007) Spatial and temporal variations of two cyprinids in a subtropical mountain reserve ? a result of habitat disturbance. Ecol Freshw Fish 16: 395?403
Harvey BC, Nakamoto RJ, White JL (1999) The influence of large woody debris and a bankfull flood on movement of adult resident coastal cutthroat trout (Oncorhynchus clarki) during fall and winter. Can J Fish Aquat Sci 56: 2161-2166
Koizumi I, Hasegawa K, Kishi D (2012) Do small tributaries function as refuges from floods? A test in a salmonid-dominated mountainous river. Ecol Freshw Fish 21: 165-167
Lytle DH, Poff NL (2004) Adaptation to natural flow regimes. Trends Ecol Evol 19: 94-100
Makiguchi Y, Liao LY, Konno Y, Nii H, Nakao K, Gwo JC, Onozato H, Huang YS, Ueda H (2009) Site fidelity and habitat use of Formosan landlocked salmon (Oncorhynchus masou formosanus) during typhoon season in the Chichiawan stream, Taiwan assessed by nano-tag radio telemetry. Zool Stud 48: 460-467
Molles MC, Crawford CS, Ellis LM, Valett HM, Dahm CN (1998) Managed flooding for riparian ecosystem restoration. BioScience 48: 749-756
Nunn AD, Copp GH, Vilizzi L, Carter MG (2010) Seasonal and diel patterns in the migrations of fishes between a river and a floodplain tributary. Ecol Freshw Fish 19: 153-162
Pearsons TN, Li HW, Lamberti GA (1992) Influence of habitat complexity on resistance to flooding and resilience of stream fish assemblages. Trans Am Fish Soc 121: 427-436
佐川志朗・萱場祐一・荒井浩昭・天野邦彦(2005)コイ科稚仔魚の生息場所選択−人工増水と生息場所との関係−.応用生態工学 7: 129-138
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